今回は、

『石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力』(勝見明 著 潮出版社 1300円+税 2011年10月20日発行)っちゅうお薦め書籍をご紹介しますぜよ。

まず著者は、「フリー(FREE)」や「シェア(SHARE)」に次いで、21世紀に求められるビジネスの新しい発想として注目されゆうがが、「キュレーション(CURATION)」っちゅう概念やっちゅうがやき。
キュレーションたぁ、美術館や博物館で企画や展示を担当する専門職の「キュレーター(curator)」(=学芸員)に由来するがよ。
例えば美術館のキュレーターは、既存の作品、資料の意味や価値を問い直し、コンテンツを選択して絞り込み、それらあを結びつけて新しい意味や価値を生み出して、顧客に提供するがが仕事ながやき。
そんなキュレーターの仕事とおんなじ発想が今、あらゆるビジネスにおいて求められゆうっちゅうがよ。
「フリー」の「無料」、「シェア」の「共有」になろうて、「キュレーション」を一言で表現すりゃあ、「編集」ないしは「新しい編集」、あるいは「目利き」といった意味にもなるろうと、著者は言うがやき。
以前にこのブログでご紹介した「キュレーションの時代」〈佐々木俊尚 著〉(「
2011年5月6日」のブログ参照)っちゅうお薦め書籍があるがやけんど、著者はこの書籍も参考資料として挙げられちゅうがよ。
こちらは、キュレーションを「無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、ほんで多くの人と共有すること」ちゅうて定義して、ネット上での「情報のキュレーション」を紹介しちゅう書籍ながやき。
また、キュレーションの分かりやすい事例として著者は、ジャーナリストの池上彰さんがニュースを解説するテレビ番組を挙げるがよ。
現代のニュースは、伝える側は日々、ひたすらニュースを流し続け、受け手側はすべてを受けとめるわけにもイカンき、消化不良を起こすがやき。
これに対して池上さんは、単に「伝える」だけやのうて、同時に「伝わる」ことも重視するがよ。
あふれんばかりの情報の中から、それぞれのニュースの意味や価値を問い直し、受け手に大切なことが伝わるよう、必要な情報を選択し絞り込み、不必要な情報は排除し、補足的な情報を結びつけ、一つの物語性を持たいて伝えゆうがやき。
単なる正確性や迅速性やのうて、わかりやすさと物語性っちゅう、ニュースの新しい意味や価値を生み出したがよ。
つまり池上さんはニュースのキュレーターであり、池上さんの番組じゃあ、ニュースのキュレーションが行われゆうき、みんなあが楽しめるっちゅうことながやき。
20世紀は百貨店に典型的に見られるように、送り手の発想で「より多くの価値」「より高い価値」を追求する時代やったがよ。
ほんで、消費者は多くの選択肢の中から選ぶことが求められたがやき。
そりゃあ、これからもある面じゃあ続くろうと、著者は言うがよ。
けんど、つくり手や送り手がチビッとやち商品を目立たせろうと、様々な要素を詰め込みゃあ詰め込むばあ、受け手から見て、逆に目立たんなるっちゅうパラドックスが、今起きゆうっちゅうがやき。
一方、21世紀にゃあもうひとつの大きな流れが生まれようとしゆうっちゅうがよ。
受け手の視点で目利きし、再編集して「より善い価値」「より適した価値」を実現していくキュレーションの時代に入ろうとしゆうと、著者は断言するがやき。
ほんで著者は、キュレーションたぁどのようなもんか、著者自身がゼロから理解していったプロセスをたどりもって、読者と一緒に理解を深め、その方法を探っていくがが本書のねらいやっちゅうがよ。
ほんで、iPad、キリンフリー、Wii、セブン-イレブン・・・らあのこぢゃんと豊富なキュレーションの事例を紹介しもって、分かりやすう解説してくれちゅうき、まっことこりゃあらゆるビジネスの参考になるろうと思うがやき。
ほいたら本書に掲載されちゅうiPadの事例を、ちくと以下にご紹介しちょきますぜよ。
まず「iPadにおけるキュレーション」は、�ヾ�存の意味の問い直し(再定義のプロセス)としちゃあ、タブレット・コンピュータは、スマートフォンとパソコンの間の「第3のカテゴリー」やっちゅうことながよ。
ほんで�⇒彖任料�択・絞り込み・結びつけ(新しい編集のプロセス)は、「キーになるいくつかの機能」を「はるかにベター」にするっちゅうことながやき。
さらに��新しい意味・文脈・価値の生成(創発のプロセス)としちゃあ、使いやすさを実現した「魔法のような革新的デバイス」やっちゅうがよ。
また著者は、スティーブ・ジョブスさんを天才的キュレーターやとして、彼がiPad発表会の最後の場面で語った「アップルは常に、テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立とうとしてきたがよ。」っちゅう言葉を、象徴的やと紹介するがやき。
テクノロジーは技術ながよ。
リベラルアーツ(liberal arts)たぁ、日本じゃあ「一般教養」らあて訳されるけんど、起源をさかのぼりゃあ、古代ギリシャじゃあ「自由人の教養」っちゅうような意味合いやったっちゅうがやき。
当時の「自由」は「非奴隷」を意味しちょったため、「人を自由にする学問」とも呼ばれたがやと。
要するにリベラルアーツたぁ、人々を何らかの隷属や制約から解き放ち、より自由に、より豊かな生き方へと導くための見識やっちゅうことながよ。
テクノロジーの宿命は常に多機能高機能化を志向し、ツーマッチな過剰な世界を生み出してしまうことながやき。
テクノロジーの進歩を追求すりゃあするばあ、それ自体が自己目的化し、ユーザーが使いこなせんばあの過剰な機能が生まれやすいがよ。
そこへジョブスさんはもう1つ、リベラルアーツっちゅう軸を交差さいたがやき!
人々を何らかの束縛や隷属、制約から解き放ち、より自由により豊かな生き方へと導く。
ユーザーの側が製品に合わせ、自由を束縛されるがやのうて、製品のほうがユーザーに合わせ、ユーザーが直感的に、簡単に、楽しゅう使えるような自由な世界を実現する。
そのために、既存の過剰な機能の中から、「キーになるいくつかの機能」を選択し、フォーカスを絞り込んで「はるかにベター」にし、キュレーションする。
ユーザーが直感的に、簡単、楽しゅう使えるようにするにゃあ、何がありゃあ十分ながかを第一に考え、ツーマッチ(過度な)やのうて、イナフ(enough=十分な)の世界を生み出す。
ジョブスさんは、「少ないほうがときにゃあ多さに勝る」ことを知っちょったっちゅうがよ。
ジョブスさんが天才的なキュレーターであるがは、単にテクノロジーだけやのうて、新しい価値を生み出すため、人間を中心に置くリベラルアーツの軸を忘れんかったからやっちゅうがやき。
さらに著者は、キュレーションはコトづくりやとして、モノとコトの違いについて、そこに人間がかかわっちゅうかどうかやっちゅうがよ。
つまりコトたぁモノとユーザーとの関係性の中で生まれる文脈であり、物語あるいは体験やっちゅうがやき。
その物語や体験に共感するとき、ユーザーは手を伸ばす。
ほんじゃき、テクノロジーの軸だけやのうて、人間を中心に置くリベラルアーツの軸が必要ながよ。
モノはそのまんまやったら単なるモノやけんど、キュレーションを媒介すりゃあ新しいコトに転化する。
つまりキュレーションたぁ単なるモノづくりやのうて、コトづくりにほかならんっちゅうがやき。
まっことこのあたりは、ワシゃあこぢゃんと書籍に線を引きまくりで、日本酒やちおんなじように考えにゃあイカンがやないかと、こぢゃんと考えさせられたがよ。
日本酒にも、人間を中心に置くリベラルアーツの軸が必要とすりゃあ、そりゃあどんな軸ながか?
テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立つような日本酒たぁ、いったいどんなもんながか?
もしスティーブ・ジョブスさんが日本酒を再定義したら、そりゃあどんな姿ながか?
こぢゃんと考えさせられ、こぢゃんとビジネスのヒントになったがぜよ!
また、セブン-イレブンの事例も、こぢゃんと学びになったがやき。
アフォーダンスっちゅう概念があるがやけんど、こりゃあ「モノ自体がそれをどうやって取り扱やぁえいがかメッセージを使い手に対して発しゆう」ちゅう意味ながよ。
ほんでこの概念は、コンビニにもあてはまるっちゅうがやき。
例えば、コンビニで地域の行事や歳時記に合わせた品揃えに力を入れりゃあ、地域の人々との絆を醸し出しローカルでアットホームな「茶飲み感覚で立ち寄れる店」をアフォードするがよ。
オフィス街でOLが朝食用に買うていくサラダをしっかり品揃えすりゃあ、「今日も一日頑張るOLらあへの応援団」、あるいは「ダイエットが気になるOLらあの味方を何気のうしてくれるコンビニ」をアフォードするがやき。
日本茶らあ高齢者向けの商品と玩具菓子を並べりゃあ、「一人暮らしのお年寄りと地域の子どもらあとの触れ合いの場」をアフォードするやろう。
このアフォーダンスの強さは、その店が生み出す物語性によって左右されるがよ。
ワシらあは自分に提供されたり、自分が接したものごとの背後に一つの文脈が流れよって、それに共感したとき、物語性を感じるがやき。
コンビニも、店舗っちゅうプラットフォームにおいて、品揃えとサービスのキュレーションにより顧客の共感を呼ぶ物語性を生み出せりゃあ、そこに場が生まれるがよ。
ほいたら、どうすりゃあ顧客の共感を呼ぶような場のキュレーションができるがか?
ここで「仮説・検証」っちゅう、セブン-イレブンのビジネスモデルの根幹をなす概念が重要になってくるっちゅうがやき。
商品発注の際の仮説の立て方として、CEO兼会長の鈴木敏文さんがようあげるがが、「海辺のセブン-イレブン」の例やっちゅうがよ。
明日は週末で釣り日和のようで、早朝から多くの釣り客が昼食を買い求めに立ち寄ると予想されるとき、どんな商品を多めに発注するか?
当日、昼までにゃあかなり気温が上がりそうや。心理的に時間が経ったち傷みにくいイメージのもんを釣り客は選ぶがやないか。
ほんなら、梅おにぎりはどうかと仮説を立てるがやき。
翌朝、釣り客がおにぎり売り場の前に立ったとき、目の前の陳列棚に梅おにぎりが多めに並んじょって、昼食用に勧めるPOPやスタッフの声かけでもありゃあ、潜在的ニーズ、すなわちウォンツを刺激され、思わず手を伸ばす。
ほんで、「ここは釣り客の心理を汲んでくれる店や」とアフォードされ、その物語性に共感し、次も利用しょうと考える。
仮説と検証により、顧客の潜在的ニーズを掘り起こすビジネスモデルをセブン-イレブンに徹底して定着さいたCEO兼会長の鈴木敏文さんによりゃあ、仮説を立てるとき重要ながは、「顧客のために」と考えるがやのうて、「顧客の立場で」考えることやっちゅうがよ。
「顧客のために」は、自分の経験を前提にした「顧客はこういうもんを求めゆう」っちゅう決めつけをしゆう場合が多いっちゅうがやき。
対して「顧客の立場で」考えるときにゃあ、自分の経験をいったん否定せにゃあならんっちゅうがよ。
何ら仮説も立てんと発注しゆう限り、そりゃあおにぎりっちゅう単なるモノにすぎんがやき。
これに対し「顧客の立場で」考えて、自分なりに仮説を立てて発注すりゃあ、そこに意味が込められ、単なる梅おにぎりから「陽気のえい日でも釣り客に安心して食べてもらいたいおにぎり」っちゅうコトに変わり、物語性を持つっちゅうがよ。
まっことこのあたりは、酒販店さんやあらゆる小売店さんにとって、こぢゃんと参考になるがやないろうかのう。
『石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力』・・・あらゆるビジネスパーソンにとって、まっことこりゃあ必読の書籍ながぜよ!
石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力クチコミを見る
土佐の高知の日本酒蔵元「司牡丹」の公式ホームページは、こちらをクリック!
司牡丹酒造株式会社