2024年07月31日
高松で「第78回・四国酒蔵巡り企画委員会」ぜよ!
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2024年07月30日
2024年07月29日
2024年07月28日
幸せの言の葉<1840>
「共感っちゅうもんは、それをかき立てる相手の境遇を考慮することによって起こるがぜよ。」(アダム・スミス)
イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者で、「国富論」の著者として世界的に知られちょって、「経済学の父」と呼ばれる、アダム・スミス(1723〜1790)さんの言の葉ながやき。
人生における問題や悩みの大半は、人間関係が原因やといわれゆうがよ。
そんな人間関係の問題や悩みらあをできるだっけ減らいて、良好な人間関係を周囲に築きあげることができるかどうかは、結局のところは共感力がモノをいうがやき。
共感力たぁ何かっちゅうたら、そりゃあ詰まるところ、あらゆる場面で相手の立場になって考えることができるかどうか、相手の境遇を考慮することができるかどうかっちゅうことながよ。
ほいたら、そんな共感力をどういたら高めることができるがかっちゅうたら、最終的にゃあ想像力の問題に行き着くがやき。
いっつも自分のことしか考えてないような行動ばっかししゆう人っちゅうんは、自分がされたらイヤなことを平気で相手にしゆうっちゅうことやき、自分がもし相手の立場やったとしたらどう思うやろうとかっちゅう、そんなリアルな想像力がまったく欠如しちゅうっちゅうことながよ。
ほんじゃき、あらゆる場面において「もし自分と相手の立場が入れ替わったとしたら……」っちゅうて、リアルに想像力を働かせよったら、共感力っちゅうんは自然と高まっていくもんながやき。
そうやって共感力が高まっていきゃあ、おまさんの周囲の人間関係は、ドンドン良好になっていくがよ。
ほんで、人間関係が良好になっていきゃあ、人生における大半の問題や悩みはドンドン減っていくっちゅうことになり、つまりはドンドン幸せな人生になっていくっちゅうことながぜよ!
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2024年07月27日
幸せの言の葉<1839>
「まっとえい時代はあったかもしれんけんど、今がワシらあの時代ながぜよ。」(ジャン=ポール・サルトル)
フランスの偉大な哲学者、小説家、劇作家で、自らの意志でノーベル賞を辞退した最初の人物、ジャン=ポール・サルトル(1905〜1980)さんの言の葉ながやき。
日本における今の時代は、人口減少や高齢化らあによる顧客消滅時代であり、さらにウクライナ戦争らあによる影響で原価が高騰する価格上昇時代でもあるがよ。
さらに地球規模でみりゃあ、気候変動らあにより異常な自然災害らあが多発する大変な危機の時代でもあるがやき。
そんな時代やのうて、まっと平穏で平和やった過去の時代に生まれたかったっちゅうてなんぼ嘆いたところで、そりゃあ絶対に叶うことのない願いながよ。
人間は誰やち、自分が生まれたその時代の中で生きていくしかないがやき。
ほいたら、自分が生まれたこの時代の中で、いかに幸せに生きていくか、その生き方を考えるしかないっちゅうことになるがよ。
こんな時代に自分が生まれたっちゅうこたぁ、絶対に何らかの意味があるはずながやき。
それをシッカリと受け止めて、今がワシらあの時代ながじゃと覚悟を決めたそん時に、こんな時代に自分が生まれてきた真の意味に、気がつけるはずながよ。
自分が今おるその時代や環境の中で、いかに素晴らしい花を咲かせることができるかどうかは、この時代を引き受ける覚悟の深さで決まるっちゅうことながぜよ!
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2024年07月26日
2024年07月25日
2024年07月24日
2024年07月23日
2024年07月22日
2024年07月21日
幸せの言の葉<1838>
「鉄が使用せんと錆び、水が腐り、また寒中に凍るように、才能も用いんかったら損なわれるがぜよ。」(レオナルド・ダ・ヴィンチ)
イタリア・ルネサンスを代表する芸術家で、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学らあの、様々な分野に顕著な業績を残した、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519・ユリウス暦)さんの言の葉ながやき。
かの万能の天才と謳われるダ・ヴィンチさんが、「才能は用いんかったら損なわれる」っちゅうて断言しちゅうがよ。
こりゃあつまり、鉄も身体も頭も、しっかり使いさえしよったら、錆びつくこたぁないっちゅう意味でもあるがやき。
水やち、よどんだら腐るけんど、流れる水は腐るこたぁないがよ。
身体も頭も、しっかり使いよりゃあ錆びつかんし、常に動きよったら腐らんっちゅうことながやき。
どればあ天才やったち、その才能をあんまり使わんかったら、その才能は錆びつくっちゅうことで、逆にそれほどの才能でもなかったとしたち、それを長年しっかり使いまくりよったら、いつまでやちその才能は錆びつかんっちゅうことながよ。
ここに、凡人が天才に勝る可能性が潜んじゅうっちゅうことになるがやき。
どればあ年をとったち、いつまでも身体と頭を、しっかりと使い続けて、動き続けて、錆びつかんように、腐らんようにしたいもんながぜよ!
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2024年07月20日
幸せの言の葉<1837>
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言ぜよ。」(二宮尊徳)
江戸時代後期の経世家・農政家・思想家で、経世済民を目指して報徳思想を唱え、報徳仕法と呼ばれる農村復興政策を指導した、二宮尊徳(1787〜1856)さんの言の葉ながやき。
「道徳なき経済」たぁ、極論すりゃあ「麻薬を売って儲ける」っちゅう類いの話で、お金さえ儲かりゃあ何じゃちえいっちゅう発想でビジネスを行うことながよ。
こんなビジネスは犯罪とおんなじやと、かの二宮尊徳さんは断ずるがやき。
新進のIT企業の経営者らあにゃあ、「法律的に許されりゃあ何じゃちやってかまん」っちゅうて思うちゅう経営者がたまにおるようなけんど、なんぼ法律が許したち、人道的にやっちゃあいかんことっちゅうんが世の中にゃああるもんで、そりゃあたとえ法的にゃあ無罪やったとしたち、ほとんど犯罪と一緒やとワシゃあ思うがよ。
一方の「経済なき道徳」たぁ、「強い思い」だっけが先行して、収支計算がまったく甘いビジネスのことながやき。
こんなビジネスは寝言とおんなじやと、かの二宮尊徳さんは断ずるがよ。
夢やロマンだっけで起業したり、NPOを立ち上げたりする人の中にゃあ、思いだっけは強いけんど、収支計算がまったくない人っちゅうんがたまにおって、こりゃあなんぼ素晴らしいことをやりよったとしたち、単なる寝言と変わらんっちゅうことながやき。
つまり道徳と経済は、ビジネスにとっちゃあどっちも欠かすことのできん、車の両輪やっちゅうことながぜよ!
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2024年07月19日
2024年07月18日
2024年07月17日
2024年07月16日
2024年07月15日
幸せの言の葉<1836>
「山から遠ざかりゃあますますその本当の姿を見ることができるがよ。友人にしたちこれとおんなじぜよ。」(ハンス・クリスチャン・アンデルセン)
デンマークを代表する童話作家、詩人であり、「人魚姫」「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」「雪の女王」など、彼の童話は子供から大人まで人気が高うて、現在も多くの国で愛され続けゆう作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805〜1875)さんの言の葉ながやき。
たとえば富士山に登りゆうときにゃあ、岩やら石ころやらだらけで、とてもあの美しい富士山の形らあて、想像することすらできんがよ。
けんど遠くから眺めりゃあ、あの稜線が美しい日本一の富士山の姿を拝むことができるがやき。
かのアンデルセンさんは、友人にしたちこれとおんなじやっちゅうがよ。
つまり、仲のえい友人でありゃああるばあ、四六時中一緒におったりするもんやき、近くの姿しか見てないことがほとんどながやき。
なんぼ仲がよかったとしたち、その友人の近くから見た姿しか見てなかったとしたら、それじゃあその友人の本当の姿を、その友人の全貌を知ったことにゃあならんっちゅうことながよ。
ほんじゃき、友人の本当の姿を知りたけりゃあ、四六時中一緒におるがやのうて、たまにゃあ距離をおいてみて、遠くから眺めてみることながやき。
ほいたら、えいことも悪いことも含めて、その友人の意外な一面を知ることができたりして、まっとまっと多面的にその人間性らあも知ることができるっちゅうことながぜよ。
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2024年07月14日
幸せの言の葉<1835>
「力強いたぁ、相手を倒すことやあないがよ。怒って当然っちゅうときに自制できる力を持っちゅうことぜよ。」(ムハンマド)
アラブの宗教的、社会的、政治的指導者であり、イスラム教の開祖であり預言者、ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(570年頃〜632年)さんの言の葉ながやき。
なんで怒って当然っちゅうときに、自制できる力を持っちゅう人が、真に強い人やといえるがやろうか?
怒りの感情に自分の心が支配されてしもうたら、どうなるかっちゅうたら、そりゃあ間違いのう判断力が鈍ることになるがよ。
ほいたら、そんなときに発する言葉や、そんなときに起こす行動らあて、ロクなもんやないがやき。
だいたい、やたらに怒りちらしまくりゆうような人っちゅうんは、実は根は臆病者で、こっちが倍ばあの勢いで怒り返しゃあ、シュンとなってしまうもんながよ。
ほんじゃき、怒って当然っちゅうときに一呼吸おいて、冷静に状況判断をして、感情に振り回されんと、適切な言葉を語り適切な行動ができる人っちゅうんは、そりゃあ真に強い人やっちゅうことになるがぜよ!
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2024年07月13日
幸せの言の葉<1834>
「酒を飲みや、それこそ永遠の生命ながよ、また青春の唯一の効果(しるし)ながやき。花と酒、おまさんも浮かれる春の季節に、楽しみや一瞬(ひととき)を、それこそ真の人生ぜよ。」(ウマル・ハイヤーム)
セルジューク朝の政治家であり学者兼詩人の、ウマル・ハイヤーム(1048〜1131)さんの言の葉ながよ。
こんな言の葉を見りゃあ、単なる酒好きの飲ん兵衛の言の葉やろうと思うかもしれんけんど、実はハイヤームさんは、数学や天文学らあで後世に残る偉業を成し遂げちゅう大学者であり、また大政治家でもあるがやき。
数学の三次方程式の解法を考案した人であり、また天文学じゃあ、ワシらあが今使いゆうグレゴリオ暦よりか正確やったといわれる「ジャラーリー暦」をつくった人やっちゅうき、こりゃあスゴいがよ。
そればあスゴい業績を仕事で遺した偉人が、酒こそが人生やっちゅうて断言しちゅうっちゅう点が、まっことスゴいことながやき。
つまり、おそらくこういうことながよ。
ナンボ仕事の鬼になったとしたち、実は一生の中の割合でいうたら仕事っちゅうんはせいぜい3割に過ぎいで、残りの7割は食べたり飲んだり遊んだり寝えたりっちゅう、仕事以外の生活ながやき。
ほいたら、7割の方をより充実さいて楽しんだ方が、人生は正解やっちゅうことながよ。
しかも、そうやって人生を楽しんだ方が、実は仕事にもよりやり甲斐や張り合いが出てくるし、よりがんばれるようになるし、仕事自体も楽しいもんになるっちゅうことながやき。
人生をこぢゃんと楽しんでこそ、仕事もこぢゃんとがんばれるっちゅうことながぜよ!
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2024年07月12日
2024年07月11日
2024年07月10日
2024年07月09日
2024年07月08日
2024年07月07日
幸せの言の葉<1833>
「青年時代の残りを旅に使う。世間っちゅう大きな書物から学ぶがぜよ。」(ルネ・デカルト)
合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られちゅう、フランス生まれの哲学者、ルネ・デカルト(1596〜1650)さんの言の葉ながやき。
ワシゃあちくと以前までは、学ぶっちゅうたら書物から学ぶか人から学ぶかしかないっちゅうて思うちょったがやけんど、実はもうひとつ、旅からもこぢゃんと学ぶことができるっちゅうことに気づいたがよ。
人間っちゅうんは、やっぱしズーッとおんなじ場所におったら、なかなか学ぶことができんもんがあるがやき。
旅をすりゃあ、世界がこぢゃんと広いっちゅうことを体感として知ることができるし、視野もこぢゃんと広がるし、そういうことが人間としての幅を広げることにつながるがよ。
こういう点においちゃあ、書物からの学びも、人からの学びも、旅からの学びにゃあ敵わんがやき。
かのデカルトさんの、「世間っちゅう大きな書物から学ぶ」っちゅう「旅」の表現は、まっこと見事と言うしかない、素晴らしい表現ながよ。
書物から学び、人から学び、そして旅から学びゃあ、その学びの効果から来る成長のレベルは、さらにグンとアップするっちゅうことながぜよ。
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2024年07月06日
幸せの言の葉<1832>
「専門のことやろうが、専門外のことやろうが、要するに物事を自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を表明できるようになるため、たったそれだっけのことながよ。そのために勉強するがぜよ。」(山本義隆)
駿台予備学校物理科の名物講師として長いこと活躍され、アカデミズムに属さん在野の科学史家としてたくさんの書籍も出されちゅう、山本義隆(1941〜)さんの言の葉ながやき。
小学校・中学校・高校・大学と、正直言うてワシゃあ、あんまり勉強が好きやなかったがよ。
何であんまり好きやなかったがかっちゅうたら、そりゃあおそらく、何のために勉強するがか、よう分かってなかったきながやき。
けんど、今はハッキリと分かるがよ。
それがまさに、この山本義隆さんの言の葉に表現されちゅうがやき。
社会人になって、さらに経営者となって、一番何をせにゃあいかんかっちゅうたら、自分の頭で考えて、自分の言葉で自分の意見を表明できるようにならにゃあいかんっちゅうことながよ。
そのためにワシゃあ、小学校・中学校・高校・大学のときよりか、社会人になってから、経営者になってからが、一番勉強しゆうがやき。
様々な書籍を読んだり講演も聴いたりっちゅうインプットは欠かさんし、さらに自ら講演もして原稿も書くっちゅうアウトプットも欠かさんがよ。
つまり、経営者として進化し続けるにゃあ、自分の頭で考えて自分の言葉で自分の意見を表明するっちゅうアウトプットが必要やき、そのためにゃあインプット(勉強)が必要やっちゅうことながやき。
アウトプットのためにインプットがある。
このことが真に腑に落ちちょったら、勉強はこぢゃんと面白うなるはずながぜよ。
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2024年07月05日
2024年07月04日
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2024年07月02日
2024年07月01日