2025年10月31日
【拡散希望!】「青山文庫」で「刀剣乱舞」コラボ展「南海太郎朝尊」ぜよ!
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09:22
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2025年10月30日
2025年10月29日
2025年10月28日
2025年10月27日
2025年10月26日
幸せの言の葉<1984>
「人生に代行らあありゃあせんがやき。生きるっちゅうこたぁ、孤り(ひとり)のもんでしかないがよ。誰っちゃあおまんと代われんし、おまんやち誰のために代われるもんやないがぜよ。」(石原慎太郎)
一橋大在学中の1955年に「太陽の季節」で文学界新人賞を受賞、翌年同作にて芥川賞を受賞し、1968年にゃあ参議院選に全国区から立候補して最高得票で当選し、その後は衆議院議員を経て東京都知事を務めた、作家であり政治家、石原慎太郎(1932〜2022)さんの言の葉ながやき。
仕事やったら、自分が忙しい時にゃあ、誰かに代わりに行ってもろうたりすることもできるろうけんど、人生っちゅうもんは代行らあて不可能ながよ。
ちゅうこたぁ、生きるっちゅうんは結局は自分だっけ、孤りだっけのもんやっちゅうことながやき。
誰っちゃあ代わってくれる人はおらんし、自分やち誰かの代わりに人生を生きることらあて不可能やっちゅうことながよ。
こりゃあ結局何が言いたいかっちゅうたら、自分の人生を他人事のように生きよっちゃあいかん、主体性を持ってしっかりと自分事として生きにゃあいかんっちゅうて、かの石原慎太郎さんは言いたいがやないろうか。
今の世の中にゃあ、自分の人生を他人事のように生きゆう人が多いきに、何じゃち他人のせいや環境のせいらあにしてしもうて、誰っちゃあ責任を取る人がおらんなってしもうちゅうがやき。
自分の人生を真に自分事として生きるっちゅうことは、自分の人生に起こる全てのことに対して、しっかり責任を持つっちゅうことながよ。
そりゃあなかなか大変なことながやけんど、自分の人生の全てに責任を持つっちゅう覚悟があってこそ、自分の人生を真に自分事として生きることになり、そりゃあ自分の人生を思いっきり謳歌することにつながるがぜよ!
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2025年10月25日
幸せの言の葉<1983>
「政治に命をかけるやつもおりゃあ、まんじゅう作りに一生を捧げる者もおる。ワシ一人が世の中のことを考えちゅう、苦しみを一人で背負うちゅうと考えゆう人間や、それを露骨に表す者を、ワシゃああんまり信用せんがよ。政治や人生観を考えちゅう人間が偉いがやのうて、一生懸命生きちゅう人が一番偉いがであり、ほんで、そりゃあしごく当然のことながぜよ。」(高橋三千綱)
「九月の空」で芥川賞を受賞(1978)し、純文学、エッセイ、時代小説、劇画原作等々、幅広い分野で執筆活動を続けた作家、高橋 三千綱(1948〜2021)さんの言の葉ながやき。
チビッとやち世の中をようしょうと頑張りゆう時、ワシらあは自分一人だっけが世の中のことを考えちゅうと思い込んでしまいがちながよ。
また、困難や障害に遭遇して苦しみゆう時、ワシらあは苦しみを一人で背負うちゅうと考えてしまいがちながやき。
けんど、そんなふうに考えちゅう人や、それを露骨に表すような人を、かの高橋三千綱さんはあんまり信用せんっちゅうがよ。
当然のことやけんど、世の中のことを考えちゅう人は自分だっけやないし、困難や障害に遭遇して苦しみゆう人も自分だっけやないがやき。
そんな簡単なことにすら気づけんようじゃあ、そりゃあ結局自分のことしか考えてないっちゅう証拠で、つまり実は大して世の中のことらあ考えてないし、大して苦しみゆうわけやないっちゅうことながよ。
本気で、全身全霊で世の中のことを考えゆうがやったら、他人や周りのことまで考えが及ぶはずやし、困難や障害に遭遇して苦しみゆうがを本気で解決したいがやったら、自分だっけやのうて他人や周りの力を借りにゃあ解決できんっちゅうことに気づくはずなやがやき。
結局、世の中のことを考えよろうがよるまいが、障害に苦しみよろうがよるまいが、政治に命をかけようがかけまいが、まんじゅう作りに一生を捧げようが捧げまいが……本気で一生懸命生きちゅう人が一番偉いっちゅうことながぜよ。
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09:00
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2025年10月24日
馬喰町「岡本屋永吉商店」で「こじゃんと司牡丹の会!<2025>」ぜよ!
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2025年10月23日
2025年10月22日
2025年10月21日
2025年10月20日
2025年10月19日
幸せの言の葉<1982>
「大洋よりか一層壮大なもんは大空ながよ。大空よりか一層壮大なもんは人間の心ながぜよ。」(ユーゴー)
フランス・ロマン主義の詩人・小説家で、七月王政時代からフランス第二共和政時代の政治家でもある、『レ・ミゼラブル』の著者として知られちゅう、ヴィクトル=マリー・ユーゴー(1802〜1885)さんの言の葉ながやき。
こぢゃんと落ち込んでしもうた時らあに、このユーゴ―さんの言の葉は、まっこと役立つはずながよ。
こぢゃんと落ち込んだ時らあは、まずは海に行って、壮大な大洋をゆっくり眺めてみることながやき。
ほんで、そんな大洋の壮大さに思いを馳せてみるがよ。
この大洋のずっとずっと先にゃあ、いろんな国々があり、いろんな人種がおり、様々な営みや文化があり……それらあのすべてを繋いじゅうがが、この大洋やともいえるがやき。
いかに大洋が壮大か、身に沁みて理解できるっちゅうもんながよ。
ほいたら次に、大空に目を向けて、壮大な大空をゆっくり眺めてみることながやき。
ほんで、壮大な大洋よりかさらに壮大な、大空の壮大さに思いを馳せてみるがよ。
この大空のずっとずっと先にゃあ、月があり、太陽があり、銀河があり、アンドロメダ星雲があり……それらあのすべてを繋いじゅうがが、この大空やともいえるがやき。
いかに大空が壮大か、身に沁みて理解できるっちゅうもんながよ。
そこまで体感した後は、そんな壮大な大洋よりか、そんな壮大な大空よりか、さらに壮大なもんが、人間の心やっちゅうことに、思いを馳せてみることながやき。
ここまでいきゃあ、落ち込んじょった気持ちらあて、どっかに行ってしもうちゅうはずながぜよ。
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2025年10月18日
幸せの言の葉<1981>
「プロを意識した途端に、すべての物事に対して貪欲になるはずながやき。すべてを吸収しょうとするがよ。吸収するために、人は独自の工夫をするもんながぜよ。」(藤本義一)
日本の小説家・放送作家で、大阪を舞台にした作品を書いてエッセイも数多い、藤本 義一(1933〜2012)さんの言の葉ながやき。
「プロを意識する」っちゅうんは、どんな世界でもこぢゃんと大事やっちゅうことながよ。
NHKの人気テレビ番組に、「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」っちゅう番組があるけんど、たとえば自分がこの番組に取り上げられて出演すると考えてみいや。
それが「プロを意識する」っちゅうことながやき。
「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演が決まったとすりゃあ、それこそすべての物事に対して貪欲になるはずながよ。
自分の周りのすべての仕事に対して、これまで以上に真剣に向き合うようになり、より貪欲に、むさぼるように行動しまくるはずながやき。
ほんで、それらあの仕事から得るもんのすべてを、吸収しまくろうとするはずながよ。
さらに、すべてを吸収するためにゃあ、独自の工夫を考え出すようになるはずながやき。
すべてを吸収するために、どんどん独自の工夫を考え出すようになっていきゃあ、さらにプロとしてのレベルがアップしていくことになり、一層「プロ意識」も高まっていくはずながよ。
そうやって、「プロ中のプロ」になっていくっちゅうことながぜよ。
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2025年10月17日
2025年10月16日
2025年10月15日
2025年10月14日
【拡散希望!】「岡本屋永吉商店」で「こじゃんと司牡丹の会!<2025>」ご案内ぜよ!
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11:02
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2025年10月13日
幸せの言の葉<1980>
「人間はみんなあが、美しゅうて強い存在やたぁ限らんがよ。生まれつき臆病な人もおる。弱い性格のもんもおる。メソメソした心の持ち主もおる……けんどねゃ、そんな弱い、臆病な男が自分の弱さを背負いもって、一生懸命美しゅう生きろうとするがは立派ぜよ。」(遠藤周作)
小説家デビュー後、「第三の新人」の一人と呼ばれ、「白い人」で芥川賞を受賞し、日本人の罪の観念やキリスト教を主題とした「海と毒薬」「沈黙」らあの作品があるほか、軽妙なエッセー「狐狸庵(こりあん)」シリーズでも知られ、平成7年(1995)にゃあ文化勲章を受章しちゅう小説家、遠藤周作(1923〜1996)さんの言の葉ながやき。
立派な人っちゅうたら、どういう人かっちゅうたら、やる気に満ちて心身ともに強い人を、誰やち想像してしまうがよ。
けんど、そういう人だっけが立派な人やあないっちゅうて、かの狐狸庵先生遠藤周作さんは語るがやき。
生まれつき臆病な人やち、弱い性格のもんやち、メソメソした心の持ち主やち……どればあたっすい人やったとしたち、そんな自分の弱さを背負いもって、一生懸命に生きろうとしゆうその姿は、こぢゃんと美しゅうて、こぢゃんと立派やっちゅうことながよ。
ほんじゃき、みんなあがみんなあ、やる気に満ちた心身ともに強い存在らあになる必要はないっちゅうことながやき。
また、外から見たら、どればあやる気に満ちて心身ともに強い人に見えたとしたち、そんな人やち必ずどっかに弱い部分を抱えちゅうもんながよ。
結局、人間はみんなあ、その人が強かろうが弱かろうが、必ず自分の弱い部分を背負いもって、生きていきゆうっちゅうことながやき。
一番大事ながは、強かろうが弱かろうが、誰にじゃちある弱い部分を背負いもって、一生懸命生きていこうとしゆうこと、そういう姿勢ながよ。
そういう姿勢で生きていきゆう人は、誰が見たち美しいし、そりゃあ誰が見たち立派やっちゅうことながぜよ。
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2025年10月12日
幸せの言の葉<1979>
「運はワシらあから富を奪うこたぁできたち、勇気を奪うこたぁできんがぜよ。」(セネカ)
ユリウス=クラウディウス朝時代の古代ローマ帝国の政治家・哲学者・詩人、ルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前1年頃〜65年)さんの言の葉ながやき。
誰にやち、運がえい時と運が悪い時があるもんながよ。
運がえい時にゃあ、何をやったちうまいこといって、えいことばっかしが重なったりするに、運が悪い時にゃあ何をやったちうまいこといかいで、さらに悪いことが立て続けに重なったりするもんながやき。
そんな運が悪い時にゃあ、予算を無駄に使うてしもうて金銭面でも厳しゅうなってしもうたりして、やる気がないなって落ち込んでしもうたりするがよ。
けんど、ここが正念場で、これで落ち込んでしもうてやる気をなくしてしもうたりしたら、さらなる不運のスパイラルに陥ってしまいがちながやき。
運悪ううまいこといかいで、予算を無駄に奪われてしもうたとしたち、勇気だっけは無くしてしもうちゃあいかんっちゅうことながよ。
不運は予算を奪うことはできるかもしれんけんど、実は勇気を奪うこたぁできんがやき。
ここで言う勇気たぁ何かっちゅうたら、運悪ううまいこといかんことだらけで無駄に予算を奪われてしもうたち、その失敗から何かを学んで掴み取り、次の挑戦に役立てろうと考えもって、次の挑戦への事前準備をしっかりやり遂げるっちゅう、そういう勇気ながよ。
そんな勇気さえ奪われてなけりゃあ、不運のスパイラルに陥るこたぁないし、必ずや幸運の時期が巡ってくるもんながぜよ!
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2025年10月11日
幸せの言の葉<1978>
「できん、もうこれでえい。やるだっけやった、たぁ言うたらいかん。これでもやり足りん、なんぼやったちやり足りんと思わにゃあ。一心不怠に努力すりゃあ、努力した分ばあ必ずようなるがぜよ。」(大山梅雄)
どんな赤字会社やちすべて2年以内に復配、大幅黒字に立て直し、手がけた再建は実に17社に及び、「再建の魔術師」と呼ばれた、昭和期の実業家で大山グループ総帥、大山梅雄(1910〜1990)さんの言の葉ながよ。
一所懸命に目一杯頑張ったら、ワシらあ凡人はスッと満足感に浸ってしもうて、「やるだけやった」っちゅうて口に出してしまいがちながやき。
けんど、そこで満足してしまうか、もう一頑張りできるかで、命運が分かれてしまうことが少のうないがよ。
後から思い返して、「あぁ……あん時もう一頑張りできちょったら、うまいこといっちょったに!」っちゅうて後悔したち、もはや後の祭りながやき。
ほんじゃき、「もうこれでえい。やるだけやった。」と思うた時にゃあ、せめてもう一歩だっけでも、せめてもう一頑張りだっけでも、進めちょこうっちゅうふうに考えるクセをつけちょきたいもんながよ。
まずはそっからスタートして、それができるようになりゃあ、次にゃあさらにもう一歩、さらにもう一頑張り……ちゅう具合に、チビッとずつ頑張りを増やしていくがやき。
ほんで、それを継続し続けよりよあ、「なんぼやったち足りん!」っちゅう境地に到ることができるがよ。
そこまでやって初めて、一心不怠に努力すりゃあ、努力した分ばあ必ず……「必ず」ようなるっちゅうて断言できるっちゅうことながぜよ。
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2025年10月10日
2025年10月09日
2025年10月08日
2025年10月07日
2025年10月06日
2025年10月05日
幸せの言の葉<1977>
「考えるよりか当たりや。体当たりによって生きたアイディアが生まれるがぜよ。」(土光敏夫)
石川島重工業・石川島播磨重工業 社長、東芝社長・会長を歴任し、日本経済団体連合会第4代会長に就任して、「土光臨調」と称された第二次臨時行政調査会でも辣腕を振るうて「ミスター合理化」と呼ばれた、昭和日本のエンジニアであり実業家、土光敏夫(1896〜1988)さんの言の葉ながやき。
何かアイディアをひねり出さにゃあいかん場合に、机の前に座ってウンウン唸りもって必死に考えたち、なかなかアイディアらあ浮かんでこんがよ。
そんな時にゃあ、なんぼ粘って考えに考えたちえいアイディアらあ浮かんでこんがやき。
ほんじゃきそんな時にゃあ、考えるより前にまず動くこと、とにかく行動を起こすことながよ。
まずは体当たりで、対象にぶつかってみることながやき。
そこで初めて、アイディアの種がポロポロとこぼれ出してくるもんながよ。
そのこぼれ出したアイディアの種を拾い集めて、それに水や肥料らあを与えてみたりして、育ててみることながやき。
ほいたら、たくさんのアイディアの種の中から、ひとつばあは芽が出てくる種があるもんながよ。
それこそが、生きたアイディアが生まれる瞬間ながやき。
素晴らしい生きたアイディアの元になる種は、どうやって手に入れるかっちゅうたら、そりゃあ体当たりによって手に入れることができるっちゅうことながぜよ。
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2025年10月04日
幸せの言の葉<1976>
「希望が逃げていったち、勇気を逃がしちゃあいかん。希望はしばしばワシらあをあざむくけんど、勇気は力の息吹ながぜよ。」(フリードリヒ・ブーテルヴェーク)
ドイツの哲学者・哲学史家、フリードリヒ・ブーテルヴェーク(1826〜1871)さんの言の葉ながやき。
「希望」と「勇気」は、似たような言葉として扱われることが少のうないようやけんど、実は焦点が違うがよ。
希望たぁ将来のよりえい状態を願う気持ちで、明るい見通しを含んじゅうがやき。
一方勇気たぁ、恐怖や不安に屈せんと、正しいと思うことを行動に移すための積極的な心構えながよ。
つまり、希望は未来の願望に焦点を当てちょって、勇気はその願望を実現するための行動力や気力に焦点を当てちゅうがやき。
ほんじゃき希望は、外部要因らあの影響を受けやすいき、明るい見通しが閉ざされたりすりゃあ、しばしばワシらあをあざむいて、逃げていってしまうことがありがちながよ。
一方勇気は、自分自身の内部から湧き出してくるもんやき、たとえ明るい見通しが閉ざされたとしたち、自身の内から湧き出してくる行動力や気力を維持することさえできりゃあ、ワシらあをあざむくことも、逃げていってしまうこともないがやき。
ほんじゃき、たとえ希望を失うたとしたち、勇気さえ失うてなけりゃあ、明るい未来を実現することも不可能やないっちゅうことながよ。
つまり勇気たぁ、生きる力の息吹やっちゅうことながぜよ。
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2025年10月03日
2025年10月02日
2025年10月01日