2026年02月28日
幸せの言の葉<2024>
「ワシらあは、他人がワシらあを必要とする以上に他人を必要としちゅうがぜよ。」(アルベール・カミュ)
フランスの小説家、劇作家、哲学者、随筆家、記者、評論家で、1957年にノーベル文学賞も受賞しちゅう、アルベール・カミュ(1913〜1960)さんの言の葉ながやき。
誰かに必要とされたら、誰やちこぢゃんと嬉しいもんながよ。
「このプロジェクトにゃあおまさんが絶対に必要なんじゃ!」らあて本気で訴えられたりすりゃあ、こぢゃんとモチベーションがアップし、そのプロジェクトに一層真剣に取り組むようになるもんながやき。
ほいたらおまさんも、おまさんがいま最も必要としちゅう誰かに対して、「おまさんが絶対に必要なんじゃ!」っちゅうて、しっかりと本気で伝えるべきやっちゅうことながよ。
そんなこと、わざわざ言わいじゃち相手は分かってくれちゅうらあて、思いよっちゃあいかんがやき。
おまさんが誰かに「おまさんが必要じゃ!」っちゅうて言われたら、こぢゃんと嬉しゅうてモチベーションがアップするがとおんなじように、おまさんが必要としちゅう人やち、おまさんからそういう言葉を真剣に伝えられりゃあ、こぢゃんと嬉しいはずやし、モチベーションも一層アップするはずやっちゅうことながよ。
お互いが必要としちゅう人に対して、お互いが「おまさんが必要じゃ!」っちゅう言葉を、本気で伝えられるような関係になれりゃあ、物事は何じゃち一層うまいこと回っていくようになるっちゅうことながぜよ!
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2026年02月27日
2026年02月26日
2026年02月25日
2026年02月24日
2026年02月23日
幸せの言の葉<2023>
「他の人と違うように作るがやのうて、他の人よりかまっと単純に作るがぜよ。」(クロード・ドビュッシー)
長音階・短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれん自由な和声法らあを用いて作曲し、その伝統から外れた音階と和声の用い方から、19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も影響力を持った作曲家の一人といわれるフランスの作曲家、クロード・アシル・ドビュッシー(1862〜1918)さんの言の葉ながやき。
現代社会は、世の中が変動しまくって不確実性が増し、複雑化して曖昧になりよって、「VUCA(ブーカ)」の時代らあて言われゆうがよ。
ちなみに「VUCA」たぁ、「V=Volatility:変動性」「U=Uncertainty:不確実性」「C=Complexity:複雑性」「A=Ambiguity:曖昧性」の頭文字でできた造語で、一言でいやあ「先行きが不透明で将来の予想が困難な状態」を意味しちゅうがやき。
そんな時代なもんやき、あらゆる分野で何もかもがどんどん複雑になっていきゆうがよ。
ほんじゃき、あらゆる分野で複雑なもんがヒットし、ライバルはそれとの違いを際立たせて差別化するために、さらに別のところを複雑にするっちゅう方向に進むもんやき、さらに複雑化に拍車がかかるっちゅうことになるがやき。
ところが、そんな複雑化が行きつくところまで行ってしまやあ、今度は単純化した方がヒットしたりするようになるがよ。
最近の「一芸家電」のヒットらあも、まさに家電の複雑化が行きつくところまで行ってしもうたき、単純化した「一芸家電」がヒットしだいたっちゅうことながやき。
つまり、どんな分野やち複雑化が行きつくところまで行ってしもうたら、もはや複雑化やない、差別化やない、単純化やっちゅうことながよ。
さて、日本酒業界も、米がどうじゃ麹が何じゃ、酵母がどうの造りがどういた、搾りが何ちゃら貯蔵がかんちゃら……ちゅう具合に、どんどん複雑化していきゆうがやき。
ほいたらボチボチ、こぢゃんとシンプルで単純な、ただ「司牡丹」っちゅう銘柄だっけの日本酒が、ヒットするような時代が来るがかもしれんっちゅうことながぜよ。
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2026年02月22日
幸せの言の葉<2022>
「事を遂げるもんは愚直でなけりゃあならん。才走っちゃあうまいこといかんぜよ。」(勝海舟)
激動の幕末期に活躍した幕臣の武士で政治家であり、土佐の英雄・坂本龍馬さんの師匠とも言われる、勝海舟(1823〜1899)さんの言の葉ながやき。
歴史に名を残すような事を成し遂げることができる人っちゅうんは、才能あふれるような人ばっかしやと、一般的にゃあ思われちゅうようながよ。
けんど、かの勝海舟さんはそうやないっちゅうがやき。
才走っちゃあうまいこといかんっちゅうがよ。
ちなみに「才走る」たぁ、嫌みなばあ才気にあふれちょって、才能が働きすぎて、かえって鼻につくっちゅうような、ややマイナスのニュアンスを含む言葉になるがやき。
つまり、才能があるっちゅうんは素晴らしいことやけんど、往々にして才能がある人はその才に寄りかかってしもうて、現場の泥臭い努力らあを軽視しがちやき、人望がまったくなかったりするがよ。
ほんじゃき、周りの人らあが誰っちゃあ手伝うたり助けたりしてくれんもんやき、最終的にゃあ事を成し遂げることができんっちゅうことながやき。
ほいたら、最終的に事を成し遂げることができる人っちゅうんはどんな人かっちゅうたら、勝海舟さんは「愚直でなけりゃあならん」っちゅうて、断言するがよ。
ちなみに「愚直」たぁ、周囲からは愚かに見えるばあ正直で、要領よう立ち回ることができいで、ひたむきに信念や行動を貫くような姿勢のことながやき。
一般的にゃあ、不器用やけんど実直・誠実やっちゅう肯定的なニュアンスで使われることが多い言葉ながよ。
つまり、不器用で要領よう立ち回ることができん愚直な人っちゅうんは、短期的にゃあうまいこといかん場合が多いかもしれんけんど、往々にして愚直な人のひたむきにコツコツ積み上げるように努力するその姿が、周りの人らあの心を動かいて、人望を集めることができるがやき。
ほんじゃき、いつしか周りの人らあが手伝うたり助けたりしてくれるようになるもんやき、最終的にゃあ事を成し遂げることができるっちゅうことながよ。
才能があろうが、なかろうが、愚直にひたむきにコツコツ積み上げるように努力しよりゃあ、いつしか事を成し遂げることができるっちゅうことになるがぜよ。
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2026年02月21日
幸せの言の葉<2021>
「他人をつかまえて、おまさんの考えは夢の中でしか通用せんとか、反論にも値せんらあて断言したりせんと、また他人を空想好きの甘ったれと看做したりはせん人が、1人やち身近におってくれるっちゅう、たったそれだけの事実が、その人間の取り巻くあらゆるもんの様相を一変させるがやき。」(ナイチンゲール)
イギリスの看護婦・社会起業家・統計学者・看護教育学者で、「近代医療統計学および看護統計学の始祖」、ならびに「近代看護教育の母」と呼ばれる、フローレンス・ナイチンゲール(1820〜1910)さんの言の葉ながよ。
かのナイチンゲールさんが看護師を志したがは24歳のときやったらしいがやけんど、それが実現したがは33歳のときやったっちゅうがやき。
何でかっちゅうたら、ナイチンゲールさんの家はイギリスの富豪やって、彼女の両親にとっちゃあ職業を持つこと自体が理解できんかったし、ましてや看護師らあて問題外やったき、両親に猛反対されたきながよ。
悩んだナイチンゲールさんはノイローゼになってしまうがやけんど、たった1人、自分の夢を支持してくれた友人セリナさんの存在が心の拠り所になって、夢を実現させることができたっちゅうがやき。
つまり、どればあ周り中から強烈に反対されたり猛烈に批判されたりしたとしたち、自分のことを分かってくれるっちゅう人が隣にたった1人おるだっけで、この世界はガラリと一変するっちゅうことながよ。
さて、ほいたら……どればあ周りから反対されたち絶対に実現したいっちゅう、おまさんの夢は何ぜよ?
また、たとえ周りの人らあ全員が敵にまわったとしたち、絶対におまさんの味方になってくれるような、そんな友がおまさんにゃあおるかよ?
この「夢」と「友」さえありゃあ、おまさんは世界を一変させることができるばあの、物凄いパワーを持っちゅうっちゅうことになるがぜよ!
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2026年02月20日
2026年02月19日
2026年02月18日
2026年02月17日
2026年02月16日
2026年02月15日
幸せの言の葉<2020>
「精神を凌駕できるがは習慣っちゅう怪物だけながぜよ。」(三島由紀夫)
戦後日本の文学界を代表する作家の一人であると同時に、ノーベル文学賞候補になるらあ、日本語の枠を超えて国外においたち広うに認められた作家で、「Esquire」誌の「世界の百人」に選ばれた最初の日本人でもある、小説家・劇作家・随筆家・評論家・政治活動家の、三島由紀夫(1925〜1970)さんの言の葉ながやき。
世に云う歴史に名を連ねるような偉人っちゅうたら、常人やないばあの精神力の持ち主だらけやと、一般的にゃあ思われちゅうがよ。
中でも三島由紀夫さんっちゅうたら、そりゃあハンパないばあの精神力の持ち主のように、おそらくは思われちゅうはずながやき。
そんな三島由紀夫さんが、精神を凌駕できるがは習慣だけやっちゅうがよ。
さらに、習慣を「怪物」とまで表現しちゅうがやき。
そりゃあつまり、どればあ凄い精神力を持っちゅう人間やったとしたち、「習慣」っちゅうもんの秘めちゅう強烈なパワーの前じゃあ、赤子同然やっちゅうことを意味しちゅうがよ。
卑近な例をあげりゃあ、ダイエットをしょうとジムに通うことを決めたとして、精神力で頑張る人は、強い決意で毎日1時間ばあジムに通うと決心して頑張るがやけんど、結局急な仕事が入ったとか何やらかんやらがあり、さらに精神的な疲労が溜まってきて精神力が限界に達し、だいたい1ヶ月ばあでジム通いをやめてしまうっちゅう、そんなパターンに陥ることになるがやき。
一方、習慣の力を使う人は、最初のハードルは思いっきり下げて、まずは「ジムに行く」っちゅうことを習慣化することだっけを目標にして、疲れちょったら運動は5分で切り上げるとか、場合によっちゃあ何ちゃあ運動せんまんまで帰るとかっちゅうことやちOKにしちょくがよ。
結果として、ジム通いとダイエットに成功するがは、後者やっちゅうことになるがやき。
こりゃあ何でかっちゅうたら、精神力っちゅうんは筋肉とおんなじで、ナンボ強うたちそりゃあ有限な資源やき、使いすぎりゃあ疲労もするし、枯渇もするもんやきながよ。
一方、習慣っちゅうんは、自動化された脳の行動パターンであり、精神的なエネルギーを必要とせんき、努力なしで継続することができるもんやきながよ。
結論としちゃあ、精神力っちゅうんは、最初に何かを変える時にゃあ確かに必要やけんど、それを維持するがは精神力やのうて習慣やき、「強い意志を持とうとする」がやのうて、「意志がのうたち自動的に動いてしまう仕組み」(=習慣)をつくった人が、最終的にゃあ勝つっちゅうんが、科学的にも正しい答えながやき。
ほんじゃき、かの三島由紀夫さんは、精神を凌駕できるがは習慣だけやと断じて、そんな習慣を怪物と呼ぶがぜよ。
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2026年02月14日
幸せの言の葉<2019>
「なるほど、知性の声は弱々しいがよ。けんど、この知性の声は、聞き入れらるまではつぶやきを止めんがじゃき、しかも、何度か黙殺されたあと、結局は聞き入れられるがぜよ。」(ジークムント・フロイト)
オーストリア出身の精神科医で、「無意識」を初めて扱うて、精神分析学の創始者とされる、ジークムント・フロイト(1856〜1939)さんの言の葉ながやき。
かのフロイトさんが、人間の無意識に着目した精神分析学っちゅう、当時の常識を破る学説を唱えた際、医学界からは猛反発を受けたっちゅうがよ。
フロイトさんが「夢判断」らあの理論を発表したがは1900年で、国際的に認められるきっかけになった第1回国際精神分析学会が開催されたがは1908年やって、「精神分析入門」らあが発表された1917年頃になってやっと、心理学だけやのうて広う人文系の学問にまで大きな影響を与えるようになったっちゅうがやき。
つまり、かの天才フロイトさんやち、認められるまでにゃあ10年以上かかっちゅうっちゅうことながよ。
ほんじゃき、もしおまさんがこれまでの常識を破るばあの新たなやり方で、何かに挑戦しょうと考えちゅうがやったら、周囲から大きな反発を受けるがを覚悟せにゃあいかんっちゅうことながやき。
けんど、たとえそんな大きな反発が噴出したとしたち、弱々しゅうはあっても、おまさんの心の底から湧き出してくるつぶやきが止まらんがやったら、そりゃあそのつぶやきを信じて賭けてみる価値はあるがよ。
おまさんが、おまさん自身の心の底からのつぶやきを信じられるかぎり、たとえ時代に黙殺されたとしたち、認められるときは必ずくるはずながぜよ。
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2026年02月13日
2026年02月12日
2026年02月11日
幸せの言の葉<2018>
「ルールはないけんど、ヒントはあるぜよ。」(チャールズ・ブコウスキー)
代表作である「町でいちばんの美女」「くそったれ!少年時代」らあが、世界中でカルト的人気を誇り、20世紀後期アメリカ文学界の異端児と呼ばれる、アメリカの作家であり詩人、ヘンリー・チャールズ・ブコウスキー(1920〜1994)さんの言の葉ながやき。
ブコウスキーさんは幼い頃から、失業状態やった父親から虐待を受けよって、ひたすら暗い劣等感まみれの青春時代やったっちゅうがよ。
大学を中退した後は、アメリカ各地を放浪し、肉体労働をしもって安ホテルで散文詩を書き続け、その後は郵便局に勤めもって多くの短編を執筆し、ようやく専業作家としてデビューしたがは、50歳の時やったっちゅうがやき。
そんなブコウスキーさんのこの言の葉は、何を意味しちゅうがやろうか?
そりゃあまず、リアルな人生にゃあ残念ながらルールらあてないき、何でもありっちゅうんが真実やっちゅうことながよ。
スポーツにやち、学校にやち、企業にやち、ビジネスにやち、社会にやち……何にやち建前としちゃあ一応はルールがあるがやき。
けんど、実はリアルな人生にゃあ、ルールらあ完全無視の理不尽なことや絶望的なことが、往々にして起きるもんながよ。
ほんじゃきブコウスキーさんは、人生にゃあ「ルールはない」っちゅうがやき。
ほいたら、リアルな人生にゃあ救いらあてないがかっちゅうたら、そんなこたぁないがよ。
ブコウスキーさんは、「ルールはないけんど、ヒントはある」っちゅうがやき。
自身のひたすら暗い青春時代を振り返った作品、「くそったれ!少年時代」が書かれたがは、ブコウスキーさんが62歳の時やったっちゅうがよ。
つまり、どればあ理不尽なことがあったち、どればあ絶望的な状況があったとしたち、そんな中にも人生を輝かせるための何らかのヒントは、必ずあるっちゅうことながぜよ!
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2026年02月10日
2026年02月09日
2026年02月08日
幸せの言の葉<2017>
「人がワシのことを何と言うたちかまわんがよ。ワシゃあ歴史を作るがに忙しいがぜよ。」(テッド・ターナー)
米国のメディア業界人、実業家であり、CNNの創業者として有名で、国際連合らあの国際機関に多額の寄付をしゆうことでも知られちゅう、テッド・ターナー(1938〜)さんの言の葉ながやき。
周りや他人らあから、悪口を言われたり批判されたりすりゃあ、そりゃあ誰やち落ち込んだりするもんながよ。
けんど、かのテッド・ターナーさんは、自分のことを人が何と言うたちかまんっちゅうがやき。
何でそこまで言い切ることができるがかっちゅうたら、他人や周りの評価らあて気にしゆうヒマらあないっちゅうことながよ。
何で他人の評価らあ気にしゆうヒマがないかっちゅうたら、そりゃあ歴史を作るがに忙しいきやっちゅうがやき。
自分がやりゆう仕事らあを、「歴史を作る」行為やっちゅうて大きゅうに捉えりゃあ、確かにそりゃあ他人の悪口や批判っちゅうようなチンマイことらあて、気にしゆうヒマらあないなるはずながよ。
ワシの仕事でいやあ、「土佐の伝統文化の歴史を作る」行為であり、さらに「日本酒の歴史を作る」行為やっちゅうことになるがやき。
そんなふうに、自分の行為を大きゅうに捉えてみりゃあ、他人の批判らあてまったく気にならんなってくるもんながよ。
さぁおまさんは、おまさんの仕事を、どんな「歴史を作る」行為やっちゅうて捉え直すぜよ?
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2026年02月07日
幸せの言の葉<2016>
「現在は過去と未来との間に画した一線ながよ。その線の上に生活がなけりゃあ、生活はどこっちゃあにないがぜよ。」(森鷗外)
明治・大正期の小説家であり、評論家・翻訳家・教育者・陸軍軍医・官僚であり、医学博士且つ文学博士でもある、森鷗外(1862〜1922)さんの言の葉ながやき。
生活っちゅうもんは、忙しい時らあにゃあ蔑ろにされがちやけんど、日々の生活っちゅう基盤がなけりゃあ、その基盤があってこそその上に成り立つ、仕事も何もあったもんやないがよ。
またリアルな生活っちゅうもんは、過去にも未来にものうて、現在にしか存在せんがやき。
つまり、いまは忙しいきっちゅうて、生活を蔑ろにしちょいて、後で取り戻そうらあて考えよっちゃあいかんっちゅうことながよ。
リアルな生活は現在にしか存在せんがやき、いま失うてしもうた生活は、後で取り戻すことらあてできんがやき。
ほいたら、なんぼ忙しいっちゅうたち、食べる・寝る・住まう・炊事・洗濯・掃除・家族と語り合う・趣味を楽しむ……ちゅうような、リアルな日々の生活を蔑ろにしちゃあいかん、それらあが如何に大切なもんながかを、しっかりと理解できるはずながよ。
こんなことを書きもって実はワシも、仕事ばっかし優先して生活を蔑ろにしがちやき、この言の葉はこぢゃんと耳が痛いがやき。
けんど今後は……否、たったいま現在から、ほんのチビッとでもリアルな日々の生活を大切にしていきたいっちゅうて、そう考えちゅうがぜよ。
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2026年02月06日
2026年02月05日
2026年02月04日
2026年02月03日
2026年02月02日
2026年02月01日
幸せの言の葉<2015>
「ワシにもできるがやき、おまさんにもできるぜよ。」(手塚治虫)
戦後日本における、ストーリー漫画の第一人者として、また漫画表現の開拓者的な存在として活躍し、「漫画の神様」と呼ばれた偉大な漫画家、手塚治虫(1928〜1989)さんの言の葉ながやき。
手塚治虫さんが、連載漫画を同時期に何本も抱えて、膨大な仕事量をこなしよった際、驚愕しゆうアシスタントらあに語ったがが、この言の葉やっちゅうがよ。
自分で限界をつくってしもうて、「これ以上はできん」っちゅうて思うてしもうたら、ホンマにその人の限界はそこになってしまうもんながやき。
けんど実は、ほとんどの場合、その人のホンマの限界は、まっとまっと上の方にあるもんながよ。
ほんじゃき、まあいっぺんこれを信じて、自分が限界やと思い込んじゅうあたりを超える仕事に、チャレンジしてみることながやき。
いっぺんチャレンジしてみりゃあ、最初は大変かもしれんけんど、やり遂げた後はこぢゃんと充実感が生まれるろうし、そん時におまさんの限界のバーは、もう一段高いもんになっちゅうはずながよ。
人間っちゅうんは、こうやってちょびっとずつ限界のバーを上げもって、キャパシティを大きゅうしもって、ちょびっとずつ成長していくもんながやき。
手塚治虫さんほどのレベルにたどりつくこたぁ、なかなか難しいかもしれんけんど、ちょびっとずつその域に近づいていくこたぁ、誰にやちできるっちゅうことながぜよ。
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