それでも何とか韓国に行こうと、待ち合わせの羽田空港に向こうたがやけんど、サスガに途中でヘタリこんでしもうて、残念ながら韓国行き断念の連絡を入れることになってしもうたがやき。
フラフラになりもって何とか羽田空港に到着。日本名門酒会本部・(株)岡永の飯田社長に、韓国取引先への手土産「司牡丹・土佐宇宙酒」を託し、韓国便のキャンセルを電話で済まいて、高知への帰宅便を予約したら、重い荷物は預けて、空港内の病院に直行よ。
ワシゃあ数年前にも1度、この病院のお世話になったことがあったき、今回で2度目ながよ。みんなあ空港内の病院の存在自体を知らんかしらん、意外と空いちゅうき、ワシみたいに頻繁に羽田空港を利用するもんにとっちゃあ、いざという時に頼りになるきに、知っちょった方が得ながぜよ。
病院名は
「東邦大学羽田空港クリニック」(羽田空港第2旅客ターミナル内1階
TEL:03-6428-8121)。病院名からして入りにくそうやし、入り口もちんもうて分かりにくいけんど、飛行機の出発1時間前やっちゅうことで、スッと診てくれたがやき。
まず体温は39度。まあ、これっぱあの熱だけやったらそう大したこたぁないがやけんど、ズキズキ痛む頭痛に加え、全身の筋肉っちゅう筋肉が全部痛いっちゅうんがタマランがよ。全ての行動が、ヨボヨボのジーサン並みになってしまうがやき。まっこと、お年寄りのシンドさがよう分かったがぜよ。
診断は、とにかく風邪からきた熱で筋肉痛になったがやろうっちゅうことで、薬をもろうてその場で飲んで、やっとの思いで飛行機に搭乗。何とか高知の自宅までもんてきて、後は寝っぱなしやったがよ。
翌3日も解熱剤が切れりゃあ38度代の熱が出て、凄まじい頭痛と全身の筋肉痛が襲うてくるき、一応近所の医者でも診てもうたがやけんど、血液検査の結果を見ても結果は同じで、ウイルス性の風邪とのこと。安静にして3〜4日すりゃあ直るでしょうっちゅうことやったがやき。
翌4日は熱は37度代に下がってきたけんど、解熱剤が切れたら頭痛がこじゃんと激しゅうて、まっことめったがぜよ。結局この日も寝っぱなし。
次の5日は、熱も頭痛もかなり治まってきたけんど、今度は全身の筋肉痛が凄まじゅうて、まともに歩くこともできんがよ。特に辛いがは階段の上り降りと座る時。さらに大変やったがは靴下をはく時。指の筋肉もひどいもんで握力が赤ん坊並みしか出せんもんやき、文字を書くがもメールを打つがすらしんどいがやき、ほら。靴下をはくがにあれほど握力が必要とされるらあて、初めて知ったがぜよ。
まあそんなこんなで、今日はちったあ回復したけんど、まだ筋肉痛がかなり残っちゅうき会社は休んだけんど、明日にゃあ出社できそうながよ。しかしなかなかえい経験をさいてもろうたがやき。
結局、直接の原因は風邪のウイルスやろうけんど、遠因は疲労の蓄積やったがやろうのう。ここ1ヶ月ばあかけて、「日本八壺会」のプロジェクトの資料にかかりきりやったき、確かにかなり脳ミソは酷使しまくったし、連日いつも以上に睡眠不足やったがやき。その発表を6月1日に終えたもんやき、ホッと気が抜けたところを風邪のウイルスにやられてしもうたっちゅうことながやろう。
もう年も年やきに、これからはチクとセーブしもって仕事せにゃあイカンぜよっちゅう、天からの合図やったがかもしれんのう。お陰様で、たっぶり休養になりゆうがやき。天からの思わぬギフトに、まっこと感謝ぜよ!
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司牡丹酒造株式会社
連載コーナー「酒飲みの言い訳 365日、明日も飲めるゼヨ!」
〈6月7日〉「母親大会記念日」
1955年(昭和30年)のこの日、東京・豊島公会堂で、初の日本母親大会が開催されたき、この日は「母親大会記念日」ながやと。1954年(昭和29年)、ビキニ環礁での水爆実験実施をうけ、日本婦人団体連合会は国際民主婦人連盟に原水爆禁止を提案し、世界母親大会がスイスで開かれることになったがやき。ほんでこれに先立ち、第1回日本母親大会が開催されたっちゅう訳ながよ。「生命を生み出す母親は、生命を育て、生命を守ることを望みます」のスローガンの下に、生命と暮らし、子供と教育、平和、女性の地位向上等に関する分科会や講演会らあが開催されるがぜよ。
ほいたらこの日は、生命の尊さを見つめ直しもって、お母さんの味をサカナに飲まにゃあイカンがよ。お母さんの味の代表ゆうたら、何ちゅうたち肉ジャガやろう。この頃が旬の新ジャガをタップリ使うて、ホクホクの肉ジャガを作ろうぜや。
ほいたら酒は日本酒ながよ。旨みのある純米酒のヒヤ(常温)あたりが、ピッタリながぜよ。