2007年01月16日

「日本料理の真髄」は、こぢゃんと面白いぜよ!

 今回は、日本料理の歴史を系統だてて語れる数少ない語り部の料理家、阿部孤柳先生の「日本料理の真髄」(阿部孤柳 著 講談社+α新書)をご紹介するぜよ。日本料理の真髄

 この本の帯にゃあ、「日本料理の最高権威が明かす!世界一繊細な舌を持つ日本人よ、自国の料理に誇りを持て!日本中の「食」のプロたち必読の一冊。」っちゅうて書かれちゅう通り、新書版ながら、日本料理についてかなり詳しゅうに書かれちゅう本ながよ。阿部先生が、この本の執筆を引き受けられたがは、受け継がれてきた日本料理が絶滅の危機に瀕しちゅう今日、技術の伝承は不可能やち、せめて先輩の料理人が伝承してきた話を次の世代に残したいっちゅう願いからながやと。ほんじゃきかなり専門書的な内容もあるけんど、日本料理好きな人やったら素人が読んだちこぢゃんと面白い話がふんだんに盛り込まれちゅうき、絶対オススメの本ながぜよ。

 ほいたら、その内容の中から、ワシがこりゃ面白いと思うた部分のほんの一部を、以下にご紹介しちょこうかのう。

 まずは、日本最古の料理は何か、知っちゅうかよ?「古事記」や「日本書紀」とおんなじ頃に書かれた「高橋氏文(うじぶみ)」っちゅう祝詞の中にゃあ、こう記されちゅうがやと。

「十二代景行天皇が日本武尊の戦跡を訪ねられた折に、料理人として随行した磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が、海中からハマグリと鰹を獲ってなますにして天皇に奉った」

 これが日本最古の調理法の文献ながやと。近世に醤油ができるまでは生の魚はすべてなますにして食べよったらしゅうて、刺身の前身ともいえるがよ。ほんで、この珍味を召し上がった景行天皇はこぢゃんと喜ばれて、磐鹿六雁命は高橋の姓を授けられて、以後、天皇家の料理を司る家柄として明治になるまで高橋朝臣として宮中の料理番を務めてきたっちゅうがぜよ。文献に記されちゅう日本最古の料理に鰹が使われちゅうらあて、鰹好きの土佐人にゃあ、まっこと嬉しい話ながやき。

 ほいたら、日本料理が他国の料理と根本的に違う原則は何か、知っちゅうかよ?日本人はおいしいもんを探し、その持ち味を味わうがを第一としてきたがよ。まずいもんをうもう調理して食べろうたぁせんかったがやき。一方、外国の料理はどんな素材やち、できるだけうもう加工して食べるがを目的として発展してきたがよ。そこが日本人の料理に対する考え方と大きゅう違うくながぜよ。ワシらあの祖先は、おいしゅうないもんに手を加えてまで食べたいたぁ思わんかったき、調理法としちゃあ極めて消極的な方法しか取らんかったがやき。

 吸い物と刺身も、ともに食材に限りのう手を加えるがを避けて作られたもんながよ。ほんじゃき日本料理の原則は、「素材の持ち味以上においしゅうせんこと」で、それが素材をいかにうもうして食べるかを追求した中国料理や西洋料理との根本的な違いになったがぜよ。
ちなみに日本人は、真っ白い豆腐に醤油をちょこっとつけて食べ、「この豆腐は、えい大豆を使うちゅうきおいしいねぇ」っちゅうて、豆腐の味を「単味(たんみ)」で味わうことができるがよ。白い豆腐や味付けされちゃあせん白いご飯をおいしいといえるがは、日本人だっけが持っちゅう単味の味覚ながやき。素材そのもんを単味で味わう能力を日本人は持っちゅうがぜよ。ワシらあは、このへんのところに、もうちっくと誇りを持たにゃあイカンがかもしれんのう。

 ほんで、日本料理は「抽き算(ひきざん)の料理」で、外国の料理は「足し算の料理」やと、阿部先生は言うがやき。色彩学じゃあ、絵の具の場合にゃあ赤、黄、青を三原色っちゅうて、これを適当な割合で混ぜ合わいいたら、いろんな色を表すことができるがよ。こうしてできた色を「加算混合」で作った色というがやき。これに対して色光(色の光)の場合は赤、緑、青紫の三つが三原色で、この三つの色光を混ぜ合わせりゃあ、いろんな色ができるがやけんど、混ぜ合わせるたんびに明度が高うなって色が薄うなり、最後は無色になってしまうきに「減算混合」っちゅうがぜよ。

 舞台らあで色光を投影する場合は、三色が重なると白うなるがに対して、絵の具のような加算混合の場合にゃあ、しだいに黒に近づいて色が重とうなって、冴えんなってくるがやき。日本料理じゃあ、よう出し汁を引く、灰汁(あく)を引く、湯引きするらあていうように引く仕事が多いがやけんど、この「引く」っちゅう字に、「抽く」っちゅう文字を当てるとこぢゃんとわかりやすうなるがぜよ。つまり出し汁を引くっちゅうがは、たくさんの削り節を湯の中に入れて、削り節の中のうまみ成分を湯の中に抽き出すことながよ。削り節は捨てるか、捨てんまでも主役にゃあならんがやき。灰汁を引くっちゅうがは、食材の持っちゅう苦味やえぐみ、ときにゃあ匂いらあを取り除くことながよ。湯引きっちゅうんは、魚らあの好ましからぬ持ち味やくせを湯の中をくぐらせることで取り除き、好ましい部分だっけを利用しょうとする調理技術ながやき。

 このようにして下ごしらえをした素材を使うて料理すりゃあ、光の混合の場合と同様に、こぢゃんと冴えた味のもんを作ることができると、阿部先生は言うがぜよ。このへんの話は、まっこと日本酒にじゃち共通しちゅうがやき。米っちゅう素材を、磨いて磨いて使うて、蒸して、微生物の力を借りて低温でゆっくり発酵させることにより、日本酒独特の旨みを「抽き出す」がぜよ。ほんじゃき発酵がうまいこといった日本酒は、光の場合とおんなじように、冴えた味の酒になるがやろう。ワシらあ造り酒屋が目指すべきながは、そういう酒ながやろうのう。

 また、「旬」は三つあるっちゅうことを知っちょったかよ?自然の中からおいしいもんを探し、食べ頃になるがを待って食べよったワシらあの祖先は、さまざまな食材について、いつ頃になると最もおいしゅうなるかを知っちょったがやき。この生活の知恵は今日まで伝承され、日本人はこの時季を「旬」と呼びゆうがぜよ。けんど、旬を待ちきれんと早う食べたいっちゅう人もおって、多少味は落ちても季節を先取りして食べる方法が工夫され、旬を迎える直前に食べるがを「走り」と呼ぶがよ。また、旬をすぎてしもうてやや味は落ちるけんど、これを逃しゃあ来年まで食べれんなるもんを「名残(なごり)」っちゅうて、文字通り名残を惜しんで食べるがやき。

 鮎で言うたら、毎年6月1日の解禁日の頃は、稚鮎から少し成長したばあで、まだ旬のおいしさは期待できんけんど、塩焼きにして蓼酸(たです)で食べるがが季節の風情で、これが「走り」。ちょうどこの時季、蓼が芽を吹くがよ。幼魚の場合は中骨も柔らかいき、薄うに筒切りにして、冷水で「洗い」にして、刺身で食べてもうまいがよ。これが初夏ならではの、鮎の「背越(せごし)造り」ながやと。

 やがて鮎が成長して、えい形になってくりゃあ脂ものって本格的な旬を迎えるがやき。塩焼きや田楽味噌を塗って焼いた「魚田(ぎょでん)」らあがうまいがよ。これが「旬」(「旬の旬」っちゅうんはこれながやろうのう。)。ほんで時が経ち、秋風が吹く頃にゃあ落ち鮎となって川を下るがやき。もう来年まで鮎を食べれん時季になりゃあ、食通は蓼の葉を敷いて鮎を煮浸しにし、名残を惜しんで賞味するがやき。これが「名残」。

 このように、日本人は鮎に限らんと、ひとつの食材を「走り」「旬」「名残」と三回楽しんで食べるがぜよ。まっこと、この本を読みよったら、つくづく日本人に生まれて良かったにゃあと思えるがやき。ワシらあ蔵元が始めた運動「旬どき・うまいもの自慢会」(http://umaimonojiman.jp/)も、この本で阿部先生が訴えられゆう事に対して、ちびっとばあは応援活動になるがやないろかのう。





日本料理の真髄






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