2007年08月05日

幸せの言の葉〈101〉

「なんでもえいきに、仕事を一所懸命にやるがよ。なんでもえいきに、職業を道楽化するまでに打ち込む、これが平凡人の自己を大成する唯一の途ながぜよ。」(本多静六)

本多静六博士にゃあ、この他にも次のような「言の葉」があるがぜよ。

「たとえ初めは、自分の性格才能に会わんと思われるような仕事やち、専心打ち込んでかかることによって、いつしか上手にでき、面白うに働けるようになってくるもんながぜよ。」

つまり、自分にゃあ合わんと思えるような仕事やったとしたち、悩んだりする間があったら、まずは何ちゃあ考えんと全身全霊で打ち込めっちゅうがよ。ほいたら、いつの間にかうまいことできるようになる。ほいたら、その仕事が面白うなってくるっちゅうがやき。

けんど、まだこのレベルで止まっちゃあイカンっちゅうんが、今回の表題の「言の葉」ながよ。自分の仕事が面白うなる段階ゆうたら、仕事が「好き」っちゅうレベルながやき。そっからさらに継続して全身全霊打ち込んでいきゃあ、仕事が道楽化するっちゅうがぜよ。この、仕事が道楽化するっちゅう段階は、仕事が「楽しい」っちゅうレベルになるがやき。

仕事が「楽しい」っちゅうレベル、仕事が道楽化するっちゅうことは、誰っちゃあに指示命令されいじゃち、たとえ何の見返りものうたち、それをやらにゃあおれんっちゅうことながよ。ここまでのレベルになることが平凡人が大成する唯一の途やと、本多博士は断言するがぜよ。

コツコツと地道な努力で経済学博士となって成功をおさめ、巨万の富を築いて大資産家となり、定年後はその財産を公共に寄付して人生学の研究に没頭し、85年の生涯で400冊近い著作を著いたっちゅう本多博士の「言の葉」だけに、こぢゃんと説得力があるたぁ思わんかよ。

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