さて、11日の朝は、宿泊場所の仁淀川町観光センターで朝食をすませ、7時半にタクシーで出発。取材メンバーは5人やき1台じゃあ乗れんき、ピストン輸送をしてもうたがやき。まずはワシと水谷先生が先発で岩屋神社に行って降ろいてもらい、あとの女性3人を迎えに行って、再び岩屋神社に来ていただいたがぜよ。
岩屋神社にゃあ、まだ8時前やとゆうに、既に観光客の皆さんも結構来られちょって、いつの間にか人の出も増えてきた頃、神社の前にゃあ鼻高がデンと仁王立ちしちょったがやき。いよいよ祭りの始まりが近いがぜよ。その頃、取材メンバーの女子大生2人は、紋付き袴の祭りの重役さんらあと記念撮影。まっこと人見知りっちゅう言葉を知らん2人ながやき。


さて8時半頃、遠くの方からお囃子の音が聞こえてきたと思うたら、谷底の方に沢渡部落の皆さんが見えてきたがやき。続いて本村部落、霧の窪部落の皆さんも集まってきて、岩屋神社に全員集結。この頃にゃあ観光客の皆さんも続々と集まり、岩屋神社は黒山の人だかりながよ。9時前にゃあ岩屋神社にて、鳥毛・練り、太刀踊りらあがあって、神輿が出て、いよいよ行列が出発。前夜に抜け出しちょった神様を迎えに、市川家に向こうたがぜよ。「キョウサー、キョウサー」っちゅう掛け声と共に1トンばあある神輿が揺れる様は、こぢゃんと勇壮で迫力があるがやき。


市川家に到着したら、まずは家ん中に神輿を引き込み、神事の開始。庭をグルリと取り囲む見物客に見守られもって、3つの部落が順番に鳥毛・練り、太刀踊りを披露。狭い庭で8mもある鳥毛を投げ合う様は、なかなか緊迫感があるがやき。合間にゃあ、休憩の部落の方々に、1升の徳利で御神酒が振る舞われ、続いてお神楽が行われゆう合間に、神輿に神様が乗り込まれたようながよ。




また市川家の裏に回って、家の中に入らいていただきゃあ、部屋にゃあ何枚もの皿鉢が置かれ、既に「おきゃく」が行われた後やったがやき。皿鉢の残を、着物を着た中学生ばあの子供が、ムシャムシャと食べよったがぜよ。こちらのお宅は、「幸楽」っちゅう仕出し屋さんから皿鉢を取られたようやったがやき。


さて市川家を出た一行は、「練り」をしもって、続いては見物客の皆さんと共に大石家前に移動。11時頃から鳥毛と練りが始まったがやき。その頃ワシらあは、予定通り大石副町長さん宅に上がらいてもうて、「おきゃく」の準備を見せてもうたがよ。座敷にゃあ30数枚の皿鉢がズラリと並んで、そりゃあまっこと壮観ながやき。大石家でも、半分ばあの皿鉢は仕出し屋の「幸楽」さんから取ったらしいがやけんど、半分強の皿鉢は昔ながらの手作りながぜよ。
仕出しの皿鉢は、刺身や組み物、ウナギ飯など。手作りの皿鉢は、まずは前日から楽しみに待ってましたの、タイモの煮っころがし!軽うにコロモを付けて揚げたタイモを、アジじゃこと昆布のダシらあで煮っころがして、ゴマをふったもんながよ。こりゃまっことウマそうながやき。続いては、前日もいただいてハマってしもうた山菜と漬物。マキで炊いたお赤飯。こちらもアジじゃこと昆布ダシの効いたソーメンなどなど。おいしそうなお料理がズラリながよ。ちなみに縁側にゃあ、司牡丹の1升瓶のカートン詰めもズラリながやき。この図もなかなか壮観やったがぜよ。











こりゃどの皿鉢も、全部まっことウマそうなとヨダレをたらしそうになった頃、ボチボチお客さんらあが入って来られ、「おきゃく」の始まりながよ。まっこと土佐の「おきゃく」は、神事的なことや挨拶や乾杯も何ものうて、いきなり無礼講で、来たもんから順に飲みはじめるがやき。早速副町長さんのお母様や奥様、娘さんやご親戚の女性陣がお接待で、ビールを用意したりお燗をつけたりと、忙しゅう動きだされたがよ。ほいたら、見る見るうちに座敷はいっぱいになって、一気に「おきゃく」の宴もたけなわになったがぜよ。予想通り、タイモの煮っころがしは絶品のおいしさやったがやき。ワシゃあつい何個もおかわりして食べてしもうたがぜよ。


ワシらあが大石家で「おきゃく」の真っ最中の頃、「練り」は法泉寺にて鳥毛や太刀踊りらあを行い、こちらで昼食を取って、中越家に向こうたがよ。その頃、ワシらあも「おきゃく」を中座さいてもうて、中越家へ。途中で地物のソバを使うた手打ちの「てっぺんソバ」が売られよったき、それを5人で分けていただいたがよ。これもなかなかおいしかったがやき。


垂れ桜で有名な中越家の庭にて、鳥毛と練りが行われ、いよいよゴール地点の秋葉神社に向かうがよ。この中越家から秋葉神社に向かう山道が、なかなかの撮影ポイントらしいがやき。確かに山道の風景らあが、まっこと絶景ながぜよ。この山道での練りや鳥毛は、まっこと絵になるがやき。




秋葉神社をもう目前に控えて、すぐ下の道路でも「キョウサー、キョウサー」の掛け声で神輿が威勢よう担がれ、鳥毛も空高うに投げられたがやき。お疲れやろうけんど、ゴールはもうすぐぜよ。
さあいよいよゴール地点の秋葉神社。上がってみて、こりゃまっことビックリながよ。とにかく、人、人、人!神社の横の石段の観覧席にゃあ、既にビッチリの人が座って、今か今かと神輿や練りの到着を待ち構えちょったがやき。

いよいよ神輿が現れて、割れんばかりの拍手の中、これまで以上に威勢よう「キョウサー、キョウサー」の掛け声で、神輿が激しゅう揺られ、神社に入ろうとするがよ。けんど、どういう意味かは分からんけんど、何度も何度も拒絶され、そのたんびに何度も「キョウサー、キョウサー」のやり直しながやき。担ぎ手の若い衆の疲労もピークに達した頃、無事受け入れられて、神輿は神社の中へ。会場は大きな拍手に包まれたがよ。
続いては鳥毛の出番。この見事な会場で、これっぱあの大観衆に見守られもって、大空に向こうて鳥毛を投げるがは、まっことこぢゃんと気持ちがえいろうぜや!グーンと投げられた鳥毛が、見事に受け止められるたんびに、大観衆が拍手喝采ながぜよ。
神社本殿じゃあ、御神酒のふるまい酒も行われ、社務所では既に関係者の方々が交代で「おきゃく」をやりゆうがよ。ふと気が付きゃあ、隣の小屋でも紋付き袴の方々が、ここでも「おきゃく」!あっちでもこっちでも司牡丹がガンガン飲まれゆうがやき。まっことありがとうございますぜよ!






こうして15時半頃、無事に秋葉祭りの大祭は終了。再び大石家に降りてきて、またまた「おきゃく」ながよ。しかし昼間っから、食べっぱなし、飲みっぱなしで、まっこともう何ちゃあ入らんぜよ!けんど、アジじゃこと昆布ダシがタップリ染みたおでんが出されりゃあ、こりゃあいただかん訳にゃあイカンがやき。まっこと、これまたお袋の味で、絶品やったがぜよ。
「おきゃく」の合間に、大石副町長さんのお母様にいろいろお話しをうかごうたがやけんど、とにかくこの日は、お客さんが入れ替わり立ち替わりで、夜中まで延々と「おきゃく」が続くがやと。昔は明け方まで続きよったっちゅうがやき、スゴイがぜよ。しんどうないですか、と聞いてみたけんど、「年にいっぺんの秋葉様やき。私らあはお正月より秋葉様ですらあ。もうこれが当たり前になっちょります。皆さんがおいしい、おいしいゆうてくれて、また来年も来ますゆうてくれるき、そりゃ嬉しゅうて、お料理作るがも止められませなぁね。」と、にっこりお顔をほこればせられたがやき。
このお母様の周りじゃあ、副町長さんの奥様や娘さん、ご親戚の娘さんらあ10人ばあが、かいがいしゅう「おきゃく」のご接待に立ち働きゆうがよ。皆さん、当たり前のように。今や高知県内でもほとんど見られんなった昔ながらの「おきゃく」やけんど、こちらの大石家じゃあ、これからもずっと続いていくがやろうのう。
またこの日は、この辺りじゃあ各家々のあちこちで、来客歓迎の「おきゃく」が、催されゆうがやと。秋葉様っちゅう神様のお陰で、「おきゃく」っちゅう土佐の伝統文化が守り伝えられゆうがかもしれんのう。ちなみに秋葉祭りっちゅうんは、2月9日から12日までらしゅうて、大祭としちゃあ11日やっちゅうことらしいがやき。ほいたら翌日の12日も飲むがですかっちゅうて聞いたら、大石副町長さんは「そうじゃ。4日間飲みっぱなしよ。」と笑われるがやき。昔は、結婚式らあの時にゃあ、1週間飲みっぱなしやったっちゅうき、凄まじいがぜよ。


そんな話しをお聞きしながらも、「おきゃく」は延々と続くがよ。途中から、ナント尾崎知事さんご夫妻や佐川町長さんらあまで参加され、いよいよ大盛り上がりやったがやき。秋葉祭りの「おきゃく」は、まっこと誰しもを惹き付けるばあの、こぢゃんと大きな魅力があるがやろうのう。
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