2008年08月02日

幸せの言の葉〈194〉

「わたしらあはみんなあ自分で自分をつくりゆうがよ。けんど、そう考えちゅうがは、自分が成功者やと思うちゅう人だけながやき。」(アール・ナイチンゲール)

米国の思想家で成功哲学研究者としても有名な、アール・ナイチンゲールさんの「言の葉」ながよ。この「言の葉」をちくと言い換えりゃあ、成功者はみんなあ、自分をつくりゆうがは自分やっちゅうことを知っちゅうけんど、成功者やない人は、自分をつくりゆうがは自分たぁ思うてないっちゅうことながよ。

ほいたらワシらあはみんなあ、自分自身が日々自分の人生をつくっていきゆうっちゅうことに気づかにゃあイカンがやき。今現在の自分は、過去の自分自身の考えや言葉や行動によってつくられたもんながよ。人生たぁ、自分で脚本も監督も主演もこなしゆう映画作品みたいなもんながやき。その映画作品が失敗作になったち、そりゃ誰のせいでものうて自分自身のせいやっちゅうことながぜよ。

またアール・ナイチンゲールさんにゃあ、「わたしらあは考えたとおりのもんになる」っちゅう「言の葉」もあるがやき。ただ今、そしてこれから、自分の考えたことが、その考えをもとにして発した言葉や行動が、未来の自分をつくっていくっちゅうことながぜよ。ほいたら今、何を考えるぜよ?どんな言葉を発するぜよ?どんな行動を起こすぜよ?

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この記事へのコメント
 未来は僕らの手の中 ですね
ちなみに 僕という言葉は
江戸から明治にかけての
お医者さんや学生が
自分のことを謙って言っていた 
下僕から取った言い回しらしい…
 
 未来は下僕らの手の中
こう書くとなんかヘン
エンジョイっ♪やっぱ男は 
自分 とか ワシ とかの方が
イケテますね
Posted by 山口のきゅう at 2008年08月02日 08:56
山口のきゅうさん、コメントありがとうぜよ!
そうかよ、「僕」は「下僕」からきちゅうがかよ。知らざったがやき。けんど何とのう「僕」っちゅうたら、ひ弱い男のイメージがするのう。やっぱし、男としちゃあ「ワシ」が一番しっくりくるがは、土佐人やきやろうか?
Posted by 竹村昭彦 at 2008年08月03日 16:43