「どうぞワシを幸福にしょうとせんとってつかあさい。そりゃあワシに任いてつかあさい。」(アンドレ・レニエ)
誰やちみんなあ幸福になりたいと思うて生きていきゆうろうけんど、世の中にゃあ自分じゃあ何ちゃあせんずつおって、どっかから突然幸福が降ってくると勘違いしちゅう人が意外に多いがやき。誰かが自分を幸福にしてくれると思うてジッと待ちよったち、そりゃあ大抵無理な話ながよ。幸福っちゅうんは、誰かにしてもらうもんじゃあないがやき。自分でつかみ取るきこその幸福ながぜよ。
今回のアンドレ・レニエさんの「言の葉」は、意味としちゃあそういうことながやろうけんど、その表現のインパクトが強烈で、まるでお坊さんに「喝!」を入れられたみたいに心に焼き付くがやき。なんせノッケから「どうぞワシを幸福にしょうとせんとってつかあさい。」っちゅうがぜよ。一瞬、誰やち「何で幸福にしょうとせんとってほしいらあて言うがやろう?」と思うろうがよ。ちゅうことは、まだどっか自分の心の片隅に、「誰かが自分を幸福にしてくれるかもしれん。」っちゅう甘い考えが、残っちゅうっちゅうことやないがかよ?「そりゃあワシに任いてつかあさい。」っちゅうて堂々と断言できるばあ、幸福は自分の手でつかみ取るっちゅう覚悟が、まだまだ足りんがやないがかよ?
今回の「言の葉」は、禅の「一転語」みたいにその一言でハッと悟らいてくれる、こぢゃんと有り難い「言の葉」ながぜよ。