2010年04月18日

幸せの言の葉〈359〉

「是より、もふつまらぬ戦はをこすまい、つまらぬ事にて死まいと、たがいにかたくやくそく致し候」(坂本龍馬)


慶応元年(1865)9月9日、同志の池内蔵太(いけくらた)さんの家族に宛てた手紙の一文ながよ。


「これからはもうつまらん戦いを起こさん、つまらんことで死なんっちゅうて、(池内蔵太さんと)互いに固う約束したがぜよ。」っちゅう意味ながやき。


幕末のこの時期、日本各地にゃあ優れた人物がこぢゃんとおったがやけんど、そのほとんどが戦の中で命を落といたり、あるいは暗殺されたり、あるいは切腹や斬首させられたりして、ドンドンおらんなってしまいよったがよ。


彼らあはみんなあ、たとえ志半ばやち、自らの意志を貫き通して死んでいったがやき、武士にとっちゃあ本望やっちゅう考えもあるろうけんど、龍馬さんはそうは考えんかっつろう。


武士のプライドのために死ぬらあていうがは、龍馬さんから言わせりゃあ自分のことしか考えちゃあせん、ちんまいプライドながやき。


優れた人物がちんまいプライドのために無駄死するがは多大な損失やき、たとえそん時ゃあ生き恥をさらしたとしたち、天下のために生きる道を選ぶがが、結局は日本のためになるっちゅうことながぜよ。


現代に生きるワシらあやち、自分だっけのちんまいプライドを守るための行動をしやあせんかよ?


たとえばプライドのために取引先とケンカしてしもうて、降格させられたりクビになったりとか、あるいはプライドのために社会的信用を失うてしもうたりとか、ビジネスの第一線から退かざるを得んかったりとか・・・。


そんながは、龍馬さんから言わせりゃあ天下の損失ながよ。


自分だっけのちんまいプライドを守る行動らあ考えんと、天下のためにプライドを捨てて、甘んじて辱しめを受け入れて生きるばあのデッカイ気概を持ちたいもんながぜよ。



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