「春くれて 五月まつ間の ほととぎす 初音をしのべ 深山べの里」(坂本龍馬)
龍馬さん詠草の和歌ながよ。
直訳すりゃあ、「春が過ぎて五月の訪れを待ちゆう間のホトトギス。その初鳴きに思いを馳せや。奥深い山の辺りの里で。」っちゅう意味になるろうか。
初夏の自然を詠んだ歌ながやけんど、それだっけじゃあ面白うないき、こっから後はワシの空想ながぜよ。
前回の「幸せの言の葉〈384〉」(「7月4日」のブログ参照)にてご紹介した和歌も、ホトトギスが登場しちゅう恋の歌やったけんど、今回も恋の歌やとワシゃあ思うがやき。
ただし、前回のように狂おしゅう燃えるような想いを詠うた歌やのうて、今回はちくと客観的で静かな歌ながよ。
ポイントは、「初音をしのべ」と命令形になっちゅうくやと思うがやき。
「初音」は「初恋」っちゅう意味も表しちゅうがやないかと思うがよ。
つまり、あんなに想いを燃やした初恋やったに、いま年月を経てみりゃあそんな想いも薄れてきゆうっちゅうことに、ちくと龍馬さんは切ない気持ちになっちゅう。
忘れとうない、あの頃の気持ちを失いとうないっちゅう龍馬さんの想いが、「初音をしのべ」と自分自身への命令形になって現れちゅうがやないろうかのう。
ほいたら、ワシなりの解釈で意訳すりゃあ、こんな感じになるがぜよ。
春が過ぎたばっかしで五月の訪れを待ちゆう、故郷土佐によう似いた奥深い山里。
ホトトギスの初鳴きが聞こえてきて、ふと土佐の初恋の女性を思い出したがよ。
あんなに狂おしいばあの想いをしたに、だんだんと記憶すら薄れていく、胸がキュッと締め付けられるような初恋。
ああ、我が心よ、あの頃の想いを忘れたもうことなかれ!