2010年07月17日

幸せの言の葉〈387〉

「嵐山 夕べ淋しく鳴る鐘に こぼれ初めけり 木々の紅葉」(坂本龍馬)


「秋の暮れ」っちゅうタイトルの付いた、龍馬さん詠草の和歌ながやき。


意味は、「京都嵐山の秋の夕暮れ、淋しい音色で鐘が鳴り、周囲の木々も紅葉がこぼれはじめたぜよ。」っちゅう感じやろうか。


京の都の秋の暮れっちゅう自然の風景を詠んだ歌ながやけんど、それだっけじゃあ面白うないき、こっから後はワシの空想ながよ。


「尊皇じゃ、佐幕じゃと、京の都は上を下への大騒動ながよ。


そんな国を二分するような大混乱やに、今日も静かに鐘が鳴り、木々はいつの間にか赤うに色づきはじめたがやき。


あぁ、何と人間っちゅうヤツはちんもうて、自然は大きいことやろう。


自分の国の中でいがみ合うたりしゆう場合やないがよ。


このまんまやと日本は異国に侵略されてしまうがやき。


見習うべきは、天地自然の姿ぜよ!」


ワシやったら、龍馬さんはこんな思いを込めてこの和歌を詠んだがやないかと考えるがやけんど、皆さんはどんなふうに思われますかのう?


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