「思ひきや 宇治の河瀬の 末つひに 君と伏見の 月を見むとは」(楢崎龍)
寺田屋にて龍馬さんが襲撃をうけ、お龍さんが風呂場から駆けつけて急を知らせた、かの「寺田屋騒動」の後、龍馬さんの療養中にお龍さんが詠んだとされる歌ながよ。
意味は、「宇治川が流れるこの伏見の地で、その川のようにいつまでも末ながく、あなたと一緒に月を見ることができるなんて、思いもよらぬことでした。」っちゅう感じやろうか。
寺田屋にて負傷した龍馬さんを薩摩藩邸にて看病しもって、お龍さんはほんの一時、龍馬さんと二人で静かに落ち着いた時間を過ごしたがやき。
重傷で床につく龍馬さんを看病する時間は、ちくと不謹慎やと思いながらも、お龍さんにとっちゃあこんな落ち着いた時間がいつまでも続いて欲しいのにと、切ないまでに感じられたがやないろうか。
そりゃあほんの一時やったろうけんど、お龍さんにとっちゃあ永遠と思えるような幸せな時間。
龍馬さんが元気になりゃあ、もちろんまたあちこちを飛び回り、国事に奔走するこたぁ身にしみて分かっちゅう。
ほんじゃき、こんな静かな時間を二人で過ごすことらあて、もうないかもしれん。
そんなお龍さんの切ない気持ちが、この歌にゃあ見事に込められちゅうように感じるがぜよ。