2010年10月03日

幸せの言の葉〈412〉

「日月は転丸の如く 追想豈漠然たり 一龍棺を蓋して後 既に過ぐる十五年」(勝安芳)


龍馬さんの十五年忌祭にさいして、坂本直(高松太郎)さんに贈られた勝海舟さんの追悼詩ながよ。


「月日が過ぎるがは丸いもんが転がるように速いがよ。過去を想い出して偲ぶとき、どういてぼんやりとして想い出せんことがあるろうか、いやハッキリと想い出せるがやき。龍馬さんの棺に蓋をしてから、既に十五年が過ぎたがぜよ。」っちゅうような意味ながやき。


海舟さんは維新後は、旧幕臣の代表格として、外務大丞、兵部大丞、参議兼海軍卿、元老院議官、枢密院顧問官らあを歴任し、伯爵に叙されちょったがよ。


けんど、こんな新政府の役職に就きもって、出勤して椅子に座って黙っちゅうような日々を送りよったがやと。


本人は「部下に仕事を丸投げして、判子を押すだっけのような仕事しかしてないよ」っちゅうて語りよったっちゅうがやき。


龍馬さんが生きちょったら、海舟さんはもうちくと違う人生を送っちょったがやないろかのう。




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この記事へのコメント
海舟の言葉をひいていただいてありがとうございます。

龍馬さんが明治の時代も生きていらしたら、2人はきっと再会し、何かを企てたかもしれません。その時期なら2人は自由に会う事ができたでしょうから。

明治になってからの海舟は静岡・牧の原で出てきた石油の採掘にお金を出したりやまっけのあるところもありますが、慶喜公が明治天皇にお会いできるよう、ただそれ一筋に気を配っていたところがあります。
龍馬さんが生きていたら、静岡のお茶の販路拡大など相談していただろうと思います。
Posted by 高山みな子 at 2010年10月03日 12:11
高山みな子さん、コメントありがとうぜよ!
ご先祖様のお言葉を使わいていただき、恐縮ながやき。
歴史にifはないっちゅうけんど、やっぱし龍馬さんが生きちょったら、どんな明治時代になっつろうと、ついつい考えてしまうがよ。きっと海舟さんと二人で、こぢゃんと面白いことをしつろうのう!
Posted by 竹村昭彦 at 2010年10月03日 21:48