「おそらくこれは、日本で初めての蒸気船同士の事故ですろう。これから蒸気船はどんどん増えてくるき、同じような事故はまた起こるがです。その時は必ず最初の事故が引き合いに出されるがぜよ。土佐は紀州に泣き寝入りしたと。船の事故は、たとえ相手に非があろうが力のない者が引き下がる。そういう決まりになってしもうてもえいとお思いですろうか、後藤様。」(坂本龍馬・「龍馬伝」より)
昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」第42話(小説版では第41話)における、龍馬さんの言の葉ながよ。
龍馬さんらあ海援隊が操舵する「いろは丸」は、徳川御三家のひとつ紀州藩の明光丸に衝突されて、沈没してしまうがやき。
幸い乗員・乗客はみんなあ無事やったがよ。
土佐藩参政・後藤象二郎さんと岩崎弥太郎さんに、平身低頭謝罪して報告する龍馬さん。
けんど、背筋をすっと伸ばして、龍馬さんは言うがやき。
龍馬「金は全額紀州に払わせちゃります。衝突してきたがは明光丸のほうです。泣き寝入りするつもりはないですき。」
象二郎「紀州と喧嘩するいうがか！？」
弥太郎「相手は徳川御三家じゃぞ。勝てるわけがないろう！」
ここで凛として龍馬さんが語ったがが、今回の言の葉ながよ。
龍馬「おそらくこれは、日本で初めての蒸気船同士の事故ですろう。これから蒸気船はどんどん増えてくるき、同じような事故はまた起こるがです。その時は必ず最初の事故が引き合いに出されるがぜよ。土佐は紀州に泣き寝入りしたと。船の事故は、たとえ相手に非があろうが力のない者が引き下がる。そういう決まりになってしもうてもえいとお思いですろうか、後藤様。」
象二郎「坂本。そこまで言うなら、覚悟はできちゅうの。負けたら、腹を切りや。」
龍馬「・・・わかりました。」
こうして龍馬さんと海援隊、弥太郎さんらあは、紀州藩と長崎で談判することになるがやき。
けんど大藩の権威をかさに、「いろは丸」のほうに非があると言い張って、自らの非を認めん紀州藩。
さらにこれ以上の談判を望むやったら、長崎奉行所に申し出ろとの捨て台詞で、去っていく紀州藩士らあ。
憤慨する海援隊の面々に、龍馬さんは涼しい顔で「必ず、次はある」と答えるがよ。
ここで龍馬さんが仕掛けたがは、世論を味方につける作戦やったがやき。
お元さんらあの芸妓を使うて、「船を沈めたその償いは、金を取らずに国を取る。国を取ってミカンを食らう・・・」っちゅう唄を長崎一円で流行らせたがよ。
このまんまやとあの事故は紀州藩が悪かったがやと世間で思われてしまうと、再び談判を申し入れてくる紀州藩。
けんどやっぱし紀州藩は、非があるがは「いろは丸」やの一点張りながやき。
ここで龍馬さんは、「万国公法」を持ち出し、こう語るがよ。
龍馬「ちっくと待ってつかあさい。船の衝突事故は、世界共通の公法で決着すべきではないですろうか。」
「これはアメリカ国のヘンリー・ホイートンが、国と国との関わりについて書いた『万国公法』ゆう本です。国同士が揉め事を起こさんよう、共通の決まり事がここに書かれちゅう。日本国がこれから、世界に認められる国になるためには、まず法を守らんといかんがじゃき。」
「それでも幕府の判断を仰ぐと言い張るやったら、紀州藩士は法を守らん野蛮人じゃと世界中から笑われるぜよ。それこそが徳川幕府、いや帝の御名まで汚してしまうことになりますのぉ。」
紀州藩勘定奉行の茂田さんは、龍馬さんらあが「万国公法」を持ち出したことに驚きもっても、法に則って話し合いを進めることにあっさりと同意したがやき。
茂田「では聞くが、誰が世界の法をもって裁くというんや。この長崎に、いやこの日本にそのような裁きを下せる者などおらん。」
この時点で、紀州側は勝ったと思うたろう。
ところが龍馬さんが声をかけりゃあ、土佐藩参政・後藤象二郎さんと共に、イギリス海軍提督のサー・ヘンリー・ケッペルさんが入ってくるがよ。
ケッペルさんの英語を、陸奥さんが日本語に訳していくがやき。
ケッペル(陸奥訳)「船の衝突事故は、世界のどこでも起こることです。従って、必ず航海法に則って裁定しなければあかんのです。それが世界のルールです。」
茂田さんが憎々しげに龍馬さんを睨みつけたがよ。
茂田「才谷(龍馬さんの変名)・・・おまえらは何者だ。」
龍馬「わしらはただの脱藩浪士ですき。ほんなら、もういっぺん最初から始めますかえ。」
結局、紀州は事故の原因は明光丸にあると認め、賠償金として八万三千両を払うことを認めたがぜよ。
「龍馬伝�検�(作 福田靖 ノベライズ 青木邦子 NHK出版)より
