2012年12月22日

幸せの言の葉〈641〉

「ワシらあは聖者と違うて、自己の敵を愛するがは無理かもしれん。けんど自分自身の健康と幸福のために、チビッとやち敵を許し、忘れるようにしょうぜや。」(デール・カーネギー)


自己啓発家の元祖といわれる、デール・カーネギーさんの言の葉ながよ。


そんなカーネギーさんでさえ、自分の敵を愛するがは無理かもしれんっちゅうがやき、ほいたらワシらあ凡人は、自分の敵まで愛そうらあて無謀なことは、考える必要はないっちゅうことながやき。


けんど、愛することができんからっちゅうて、憎む必要はまったくないがよ。


人を憎んだり恨んだりすりゃあ、こぢゃんと疲れるろうがよ。


そりゃあこぢゃんとエネルギーが必要なことながやき。


つまり人を憎んだり恨んだりすることは、自分自身のエネルギーを浪費する、つまり健康や幸福を損なうことになるっちゅうことながよ。


また、昔からの諺に「人を呪わば穴二つ」っちゅうんがあるろうがよ。


こりゃあ、他人を呪い殺したりしたら、その人の恨みの念で自分も殺され、結局墓穴が二つ必要になるっちゅうんが元々の意味で、現在は、他人に害を与えたら必ず自分に返ってくるっちゅう意味として使われゆうがやき。


ほんじゃき、自分が健康でおりたいがやったら、幸福でおりたいがやったら、どんなに憎い相手がおったとしたち、愛するまではできいじゃち、まずはチビッとでも許そうとしてもうや。


それでも、どういたち許すことが難しいがやったら、憎んじゅうことや恨んじゅうことを忘れるようにしてもうぜや。


それが自分自身の健康と幸福につながると、自己啓発家の元祖、カーネギーさんが断言しゆうがぜよ。


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