2013年12月15日

幸せの言の葉〈744〉

「なにをするにしたち、最初に自分の考えを持つ。これが重要ながよ。実際のところ、それだっけでほとんど十分ながぜよ。」(アルトゥル・ショーペンハウアー)


ドイツの哲学者、ショーペンハウアーさんの言の葉ながやき。


確かにこの言の葉にゃあ、ハッとさせられたがよ。


なにかをするときに、最初に自分の考えを持つことらあて、あまりに当たり前のように聞こえるかもしれんけんど、ホンマにそうやろか?


もちろん、最初に「考え」がなけりゃあなんちゃあするこたぁできんがやき、「考え」は持っちゅうがは当然ながやき。


問題は、「自分の」っちゅうところながよ。


ワシらあはホンマに、最初に「自分の」考えを持って、行動しゆうろうか?


そりゃあもしかしたら、どっかの誰かの考えを拝借したり鵜呑みにしたりした、「借り物の考え」やないかよ?


そりゃあもしかしたら、単に周囲の空気に合わせただけみたいな、「迎合の考え」やないかよ?


そりゃあもしかしたら、単にこれまでのクセや習慣に流されただっけの、「浅薄な考え」やないかよ?


要は、たとえどっかの誰かの考えを拝借したとしたち、周囲の空気に合わせたとしたち、これまでのクセや習慣やったとしたち、自分の頭に汗をかいてしっかり考えた上で、出した答えながかよっちゅうことながやき。


それができちゅうことがなにより重要で、それができちゅうだっけでもはやほとんど十分やっちゅうて、かのショーペンハウアーさんが断言するばあ、なにかをするときに最も大切なことながぜよ。









この記事へのトラックバックURL