「人類のもっとも偉大な思考は、意志をパンに変えるっちゅうことぜよ。」(ドストエフスキー)
「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」らあで有名な、19世紀後半のロシアを代表する小説家であり思想家、ドストエフスキーさんの言の葉ながよ。
「意志をパンに変える」っちゅう表現だっけを見たら、かのドストエフスキーさんが「人類のもっとも偉大な思考」じゃっちゅうんは、ちくと大袈裟やないかよと思うてしまいがちながやき。
けんど、よう考えてみりゃあ、「意志をパンに変える」っちゅうんは、そりゃあまるでイエス・キリストさんが空中からパンを出したっちゅう奇跡とおんなじことやないかよ?
そりゃあキリストさんほどは短時間でパンを出現させることは無理かもしれんけんど、時間さえありゃあ人間誰やち意志をパンに変えるこたぁできるがよ。
ほいたらその本質においちゃあ、神の子キリストさんとおんなじことが、人間誰やちできるっちゅうことながやき。
また、「パン」っちゅうんは象徴的な喩えであって、「食べるもん」とか、あるいは「食べていくために必要なもん」とか、さらに言やあ「生きていくために必要なもん」っちゅう意味やと思うがよ。
つまり、人間は意志の力で、自分らあが生きていくために必要なもんを何じゃち生み出すことができるっちゅうことながやき。
ほいたらドストエフスキーさんの言う通り、これこそが人類のもっとも偉大な思考やと思えてこんかよ?