「過ちを認めることを、決して恥じるべきやない。そりゃあ別の言い方をすりゃあ、今日の自分は昨日よりか賢うなった、ちゅうことながやき。」(アレキサンダー・ポープ)
イギリスの詩人、アレキサンダー・ポープさんの言の葉ながよ。
人間、自分の過ちは、なかなかよう認めんもんながやき。
過ちを認めてしもうたら、自分の負けを認めてしまうような気になってしまうきながよ。
けんど、ホンマは過ちを認めるこたぁ、負けを認めることやないし、決して恥じるべきことでもないがやき。
ポープさんの言う通り、別の言い方をすりゃあ、そりゃあ昨日の自分よりか賢うなったっちゅうことながよ。
つまり、過ちを認めるっちゅうこたぁ、自分の成長を促すっちゅうことながやき。
ほいたら過ちを認めんっちゅうことは、「自分は成長しとうない!」と表明するようなもんながよ。
「自分は今後成長することがない人間です」と、世間に表明する人になりたいかよ?
それとも、昨日よりも今日、今日よりか明日、日々賢うなっていく、常に成長する人になりたいかよ?
そう考えりゃあ、過ちを素直に認めんことがいかにバカなことか、過ちを素直に認めることがいかに大切なことか、真に理解することができるはずながぜよ。