「偶然を期待せん人々だっけが、運命を支配できるがぜよ。」(マシュー・アーノルド)
19世紀イギリスの耽美派詩人の代表であり文明批評家、マシュー・アーノルドさんの言の葉ながやき。
まず、「偶然を期待する人々」っちゅうんは、簡単に言うてしまやあ、何の努力もせんと幸運が降ってくるがをただただ待ちゆうっちゅう人々ながよ。
それじゃあ、自分の運命を理想的なもんに変えるこたぁ不可能ながやき。
一方、「偶然を期待せん人々」っちゅうんは、つまりは幸運を偶然やのうて必然にするために、あらゆる努力を惜しまんっちゅう人々ながよ。
運命やとか、幸運やとかは、すべて偶然のように思えるかもしれんけんど、実は限りのう必然に近づけることができるもんながやき。
かの超天才の明治の文豪、幸田露伴さんの「幸福三説」がそれながよ。
まずは「惜福」・・・福を惜しむ、つまり福を取り尽くしてしまわんと、天に預けちょくっちゅう心がけながやき。
2つ目は「分福」・・・福を自分1人のもんにせんと、周囲の人らあと分かち合うっちゅうことながよ。
最後の3つ目が「植福」・・・遥か未来の(子孫とかのための)幸福のために、種を蒔き続けることながやき。
この3つの福をしっかり実践していきゃあ運が良うなると、幸田露伴さんは断言するがよ。
つまり、幸運を限りのう必然に近づけることができる、運命を支配できるっちゅうことながぜよ。