2015年08月29日

幸せの言の葉〈927〉

「ありのままに扱えば、人はありのまま変わるこたぁない。立派な人として扱えば、人は立派な人になるがぜよ。」(ゲーテ)


ドイツを代表する文豪であり、哲学者・政治家・教育家でもある、かのゲーテさんの言の葉ながやき。


ちくと前に「ありの〜ままの〜」っちゅう「アナ雪」の歌が大ヒットしたけんど、ありゃあ自分自身の心の奥底で感じる「ありのまま」っちゅう意味で、自分以外の人が感じる「ありのまま」っちゅう意味やないがよ。


ゲーテさんがここで言いゆう「ありのまま」は、後者の自分以外の人が感じる「ありのまま」で、人は「見たまんま」で他人のことを評価してしまいがちの生き物やっちゅうことながやき。


つまり、どれっぱあ壮大な夢や希望や目的や目標を抱いちゅう人やったとしたち、そんなこたぁ関係のうて、他人は今現在の「パッと見」でその人を判断してしまうっちゅうことながよ。


特に企業や団体らあで、周囲や上司らあに、今現在の「パッと見」で判断され、そのまんまの「ありのまま」で長年扱われ続けよったら、いつの間にか夢や希望らあを忘れてしもうて、人はその通りの「パッと見」のまんまの人間で終わってしまいがちやっちゅうことながやき。


ほんじゃき、自分の周囲の人間を、特に会社の部下や同僚、家庭においちゃあ配偶者や子供を、立派な人として扱おうやっちゅうことながよ。


人は周りから立派な人として扱われりゃあ、その人の心の奥底に眠っちゅう立派な夢や希望らあがムクムクと立ち上がってきて、いつの間にかホンマに立派な人になってしまうもんやっちゅうことながぜよ。


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