「今日っちゅう日は、残りの人生の一日目ぜよ。」(俗諺)
今回の言の葉は、作者不祥の俗諺ながやき。
若い頃は、残りの人生が無限に存在しちゅうかのように感じて、人生の時間を無駄遣いしてしまいがちながよ。
けんど、この言の葉の通り、今日っちゅう日は、残りの人生の初日ながやき、無駄遣いしたら、こんなもったいないこたぁないがやき。
だいたい、物事の初日を無駄にする人は、2日目も3日目も、結局その後も全部、無駄にしてしまうもんながよ。
そう考えりゃあ、今日っちゅう日が残りの人生にとってどれっぱあ大切な、最初の1日目かっちゅうことが腑に落ちるがやないろうか。
ほいたら、「今日」が訪れる度に、「初日意識」が持てて、一日一日を大事に大事に生ききることできるがやないろうかのう。
一方、年をとったら年をとったで、「もう若うはないき」っちゅうて、何か新しいことに挑戦したりすることを諦めてしもうたりしてしまいがちながやき。
けんど、よう考えてみいや。
残りの人生の中じゃあ、「今日」が一番若いがぜよ!
「今日」が、「残りの人生の一日目」っちゅうこたぁ、そういう意味でもあるがよ。
年齢を言い訳にして、残りの人生の全部を、何ちゃあ新しいことに挑戦せんまんま、諦めの人生を送りたいがかよ?
そうやないがやったら、一日一日、「今日が一番若い!」意識を持って、常に何かに挑戦し続けるべきながぜよ。