2016年01月09日

幸せの言の葉〈967〉

「人生において重要ながは生きることであって、生きた結果やないがぜよ。」(ゲーテ)


ドイツを代表する文豪で、政治家、教育者、哲学者でもある、かのゲーテさんの言の葉ながやき。


もし人生において重要ながが、生きた結果だけやとしたら、ワシらあが人生を生きる意味は、何とつまらんもんになることやろう。


70〜80年、せいぜいで90年ばあの人生の中で、いったいどれっぱあの結果を残すことができるろう?


○○高校に入学し、○○大学に進学し、○○会社に入社し、○○部に所属し、○歳で結婚し、子供を○人育て、勤続○年勤め、○○長にて定年退職し、その後○年生き、○歳にてご臨終・・・結果だけやったら、そんな簡単な履歴書みたいな、味気ない人生やったっちゅうことになるがよ。


もちろん、人生の中で、輝かしい結果を残すことができる人やちおるろうけんど、それやち結果だけやったら、特筆できることらあて、そんなにいくつもいくつもはないはずながやき。


ほんじゃき、かのゲーテさんは、人生において重要ながは「生きる」っちゅう過程にあるっちゅうがよ。


つまり、重要ながは「どう生きたか」っちゅうことやっちゅうがやき。


失敗もあり、挫折もあり、道に迷うこともあり・・・そんな中で誰の人生やち、味わい深い、いとおしいもんになるがよ。


「どう生きたか」の過程の背中を周囲に見せることで、たとえ結果は残せんかったとしたち、何か大切なもんを、未来に襷を渡すように繋げていくことができるっちゅうことながぜよ。


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