2016年01月11日

幸せの言の葉〈969〉

「およそ惨めなもんは、将来のことを不安に思うて、不幸にならん前に不幸になっちゅう心ながぜよ。」(セネカ)


古代ローマ帝国時代のストア派の哲学者・政治家・詩人の、セネカさんの言の葉ながやき。


何千年も前の言の葉やに、何とそのまんま現代にも通じることやろう。


それっぱあ人間は、どんなに時代が変わったち、本質的にゃあ何ちゃあ変わってないっちゅうことながよ。


けんど、もうえい加減ぼちぼち気がつかにゃあイカンがやき。


将来や未来を不安に思うて、いったい何の得があるがやろうか?


何ちゃあ得することらあないどころか、それこそが不幸になるための王道ながよ。


今が別に不幸やっちゅう訳でもないに、将来を不安に思う心が不幸を呼び込み、結果として今の心が不幸になり、さらに結果として将来のホンマモンの不幸を呼び込むことにつながっていくっちゅうことながやき。


ホンマは不幸でも何でもないに、自ら望んで不幸を呼び込み、不幸になる王道を突き進む・・・これっぱあ惨めなことがあるろうか!


けんど、未だに世の中にゃあ、そういう人がいかに多いことか!


まだ来てもない将来のことらあ不安に思うヒマがあるやったら、今の自分がいかに恵まれちゅうか、いかに幸せかを数え上げてみることながよ。


実は、それこそが幸福を呼び込む、幸福になるための王道ながぜよ。


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