「決して後悔せんと、決して他人を咎めん。これらあは英知の第一歩ぜよ。」(ドゥニ・ディドロ)
18世紀フランスの哲学者で作家・編集者の、ドゥニ・ディドロさんの言の葉ながやき。
人は何のために子供の頃に長いこと学校で勉強するかっちゅうたら、英知を身につけるためながよ。
日本人やったら、小学校6年間、中学校3年間、高校3年間、さらに進学する人は大学で4年間、合計16年間も学ぶがやき。
ほいたら、よっぽど深い英知を身につけちゅうはずながよ。
けんど実際はどうながやろうか?
かのディドロさんは、英知の第一歩を、「決して後悔せんと、決して他人を咎めん」ことやと喝破するがやき。
まず己に対しては、ウジウジクヨクヨ後悔するような後ろ向きの生き方らあをしよっちゃあ、どれっぱあ学んできちょったとしたち、その学んだことを生かして世の中の役に立つことらあできんっちゅうことながよ。
さらに他人に対しちゃあ、欠点や失敗らあをあげつろうて、いちいち咎め立てるような生き方らあをしよっちゃあ、人間関係のコミュニケーションが円滑に回らんなるき、これまたどれっぱあ学んできちょったとしたち、その学んだことを生かして世の中の役に立つことらあできんっちゅうことながやき。
ほんじゃき、ディドロさんは、「決して後悔せんと、決して他人を咎めん」ことを、英知の第一歩やと断言するがよ。
そこから英知をスタートした人は、たとえ学んだ時間や量が他の人より少なかったとしたち、こぢゃんと世の中の役に立つことができるっちゅうことながぜよ。