2017年03月25日

幸せの言の葉<1098>

「ドイツで一番有名なユーモアの定義は、『ユーモアたぁ「にもかかわらず」笑うことである』っちゅうがよ。『自分は今苦しみよります。けんど、それ「にもかかわらず」相手に対する思いやりとして笑顔を示します』っちゅう意味ながぜよ。」(アルフォンス・デーケン)


ドイツ生まれのイエズス会司祭で、哲学者であり上智大学名誉教授の、アルフォンス・デーケン(1932〜)さんの言の葉ながやき。


それにしたち、このドイツで一番有名なユーモアの定義は、まっこと至言ながよ。


自分は今、苦しみゆうけんど、それ「にもかかわらず」笑顔を示す。


しかもそりゃあ、相手に対する思いやりとしてやっちゅうがやき。


確かにユーモアが一番必要になる時っちゅうんは、実は自分が苦しみゆう時ながかもしれんがよ。


自分が苦しみゆうまさにそん時に、「にもかかわらず」笑顔を示すっちゅうんは、苦しみをこれ以上他の人に広げんためやと言えるきに、相手に対する思いやりやと言えるがやき。


さらにそりゃあ、自分のためやとも言えるがよ。


何でか言うたら、苦しみゆう時に苦しい顔をするがは当たり前かもしれんけんど、その苦しい顔をすることによって、苦しみを反芻することになり、結果として苦しみを増幅させることになり、長引かせることにもつながるきながやき。


逆に、苦しみゆう時に、それ「にもかかわらず」笑顔を示すことができりゃあ、一時的にせよ苦しみを忘れることができ、そりゃあ結果としてより早うに苦しみを消滅させることにつながるもんながよ。


ちゅうことで、どんなに苦しい時やち、「にもかかわらず」笑顔でおりたいもんじゃのう!



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