「これをやりよりゃあ幸せっちゅうこと、誰やち一つ、あるがよ。それを探しなさいや。それを見つけて仕事にすりゃあ、きっと幸福ぜよ。」(淀川長治)
日本の雑誌編集者、映画解説者、映画評論家の淀川長治(1909〜1998)さんの言の葉ながやき。
「それではまた次回をお楽しみに。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」でお馴染みやった淀川長治さんの、いかにもらしい言の葉ながよ。
けんど、「これをやりよりゃあ幸せっちゅうもんを、なかなか仕事にゃあできんき、悩んじゅうがやいか!」っちゅう声が聞こえてきそうながやき。
確かに、淀川さんのように、映画好きが映画評論家の仕事にありつけるらあて、そう滅多にあるもんやないがよ。
けんど、「これをやりよりゃあ幸せ」っちゅう一つのことの周囲にも、いろんな仕事があるがやき、そちらを目指すっちゅう方法もあるし、またたとえ今の仕事がそう好きやなかったとしたち、「これをやりよりゃあ幸せ」っちゅう一つのことを、その今の仕事に結び付けるこたぁ、実は誰やち可能ながやき。
たとえば、演技をすることが大好きで、演技しよりゃあ幸せやっちゅう人やち、本物の映画俳優になるがはかなり難しいろうけんど、大道具とか照明とかの裏方の、映画俳優の周囲にある仕事に「幸せ」を見出だすこともできるがやないかっちゅうことながよ。
あるいは、大好きな演技を、営業の商談の際のセールストークらあに活かしたり、企画のプレゼンらあに活かしたりして、そこに「幸せ」を見出だすことやちできるっちゅうことながやき。
チョコッと視点を変えたりズラしたりするだっけで、幸せの可能性はこぢゃんと大きゅう広がるっちゅうことながぜよ。