「晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。」(吉川英治)
幅広い読者層を獲得し、「国民文学作家」といわれる、神奈川県生まれの歴史小説家・時代小説家、吉川英治(1892〜1962)さんの言の葉ながやき。
晴れの日ばっかしでも、雨の日ばっかしでも、農作物は育たんし、人間やち生きていけんがやき、「晴れた日に晴れを愛し、雨の日は雨を愛す」っちゅうんは、誰やちスッと納得できるし、現実にも実践可能なことやろう。
けんど、おんなじようなことやに、「楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ」っちゅうんは、実際にゃあなかなか実践は難しいがよ。
難しいろうけんど、「雨の日は雨を愛す」ことと、「楽しみなきところに楽しむ」ことは、実はおんなじことやと、おそらく吉川英治さんは言いたいがやき。
考えてみりゃあ、「楽しみあるところに楽しむ」っちゅうんは、当たり前過ぎるばあ当たり前やし、誰やちできることながよ。
けんど、楽しみのないときやち、苦しみの中に埋没してしもうちゅうときやち、「忙中閑あり」やないけんど、そんな中に楽しみの種を見つけ、楽しむ術を見つけ出すことも、実は誰やち可能やっちゅうことながやき。
そう簡単なことやないかもしれんけんど、それができりゃあ、その人の一生は楽しみだらけやっちゅうことになるがぜよ。