「下らのう過ごしたち一生、苦しんで過ごしたち一生ながやき。苦しんで生々(いきいき)と暮らすべきぜよ。」(志賀直哉)
「小説の神様」と称せられ、多くの日本人作家に影響を与えた、明治から昭和にかけて活躍した白樺派を代表する小説家、志賀直哉(1883〜1971)さんの言の葉ながよ。
自分の人生を、一生下らのう過ごすか、それとも一生苦しんで過ごすか、どっちぜよっちゅうて、かの「小説の神様」志賀直哉さんは、ワシらあに問いかけるがやき。
そりゃあ誰やち、どっちも嫌で、できることやったら一生愉しんで暮らしたいっちゅうて思うろうけんど、志賀直哉さんからすりゃあ、人生を一生愉しんで暮らすらあて選択肢はないっちゅうことながよ。
人生は、苦しんで過ごすか、下らのう過ごすか、この二つしか選択肢はないっちゅうんが、志賀さんの人生に対する答えながやき。
それじゃあ救いがないやいかと思うかもしれんけんど、志賀さんは同時に「生々(いきいき)と暮らす」っちゅう救いを用意しちゅうがよ。
下らのう過ごしもって生々と暮らすことらあてあり得んけんど、苦しんで過ごしもってやち生々と暮らすことやったらできるがやき。
人生は苦しみの連続やき、その苦しみから逃げまわりもって下らん一生を送るか、それともその苦しみに立ち向かいもって生々とした一生を送るか、おまさんはどっちの人生を選択するがじゃと、志賀直哉さんは問いかけゆうがぜよ。