「誰しもが代わりがきくようで代わりがきかんがぜよ。」(マルティン・ハイデガー)
ドイツの実存哲学を代表する哲学者で、「存在と時間」っちゅう名著で知られる、マルティン・ハイデガー(1889〜1976)さんの言の葉ながやき。
物が存在するっちゅうんはどういうことながかを探求し続けた、ハイデガーさんらしい言の葉ながよ。
確かに、ただ単に同じレベルの仕事ができるかどうかとかだっけを考えりゃあ、誰しもが代わりはきくがやき。
また、まったく代わりがきかんようじゃあ、引き継ぎや世代交代らあも難しゅうなって、全ての組織は年月が経ちゃあいつしか成り立たんなってしまうがよ。
そりゃあそのとおりながやけんど、それでも、誰しもが代わりがきくようで代わりがきかんっちゅうんは、実は真理ながやき。
たとえ先輩から仕事を引き継いで、先輩とおんなじようにしゆうように見えたち、何から何まで全てがまったくおんなじかっちゅうたら、絶対に違う部分があるもんながよ。
まったくおんなじことをしよったち、それでも何らかの違いがにじみ出てしまうっちゅうんが、人間の個性っちゅうもんながやき。
たとえば、電話一本を取って、「はい。○○株式会社です。」「いつもお世話になっております。△△ですね。しょうしょうお待ちください。」っちゅう、マニュアルどおりの応対をしたとしたち、必ず言外に雰囲気や個性がにじみ出てしまうもんやし、忙しい中でイヤイヤ電話を取ったかそうやないかとからあは、簡単に相手に伝わってしまうもんながよ。
ほんじゃき、人間は誰しもが、代わりがきくようで代わりはきかん、おまさんは紛れものう、この世界に唯一無二の貴重な存在やっちゅうことながぜよ!