「自己嫌悪がないっちゅうこたぁ自己を熱愛することのない証拠ぜよ。」(志賀直哉)
明治から昭和にかけて活躍した白樺派を代表する小説家の一人で、「小説の神様」と称せられ、多くの作家らあに多大な影響を与えた、志賀直哉(1883〜1971)さんの言の葉ながやき。
人間、誰やち自己嫌悪に陥ってしまうことがあるがよ。
ほんで、自己嫌悪に陥っちゅうっちゅうその事実が、また自己嫌悪を生むっちゅう負のスパイラルにはまり込んでしもうたりするもんながやき。
この「負のスパイラル」に陥らんようにするために、今回の文豪志賀直哉さんの言の葉が役に立つがよ。
自己嫌悪がないっちゅうことが自己を熱愛することのない証拠やとすりゃあ、自分が自己嫌悪に陥っちゅうっちゅうこたぁ、つまり自己を熱愛しちゅう証拠になるっちゅうことながやき。
自分自身をこよなく愛しちゅうきにこそ、そうやきにこそ、人は自己嫌悪に陥ることもあるっちゅうことながよ。
このことさえ脳裡に焼きつけちょきゃあ、たとえいっときは自己嫌悪に陥ったとしたち、そのことを理由にさらに自己嫌悪に陥るっちゅう負のスパイラルにはまり込むこたぁ、もはやないなるがぜよ。