「太陽は夜が明けるがをを待って昇るがやないがやき。太陽が昇るきに夜が明けるがぜよ。」(東井義雄)
兵庫県の浄土宗東光寺住職で、小学校教師としても奉職し、多くの著作も著した教育者でもある、東井義雄(1912〜1991)さんの言の葉ながよ。
この言の葉は、結局何が言いたいがかっちゅうたら、何じゃち自分事として本気で自覚せえっちゅうことながやき。
たとえば、「景気が良うなるがを待って動くがやのうて、自分が動くきに景気が良うなるがや!」っちゅうことながよ。
もうひとつたとえりゃあ、「奥さん(あるいは旦那さん)がもうちょっと優しい人やったら幸せになれるにっちゅうがやのうて、自分が幸せやきに奥さん(あるいは旦那さん)が優しい人になるがや!」っちゅうことながやき。
何かがまっとこうやったら、誰かがまっとこうやったら、アレができるににっちゅうんやのうて、まず自分がアレをやるきにこそ何かがこうなる、誰かがこうなるっちゅうことながよ。
何じゃち、他人や環境らあのせいにするがやのうて、すべてを自分事として本気で自覚すりゃあ、必然的にこういう考え方になるっちゅうことながぜよ!