「使いみちものうて、放り出された木の枝。けんど其の陰で、寒さをしのぐ虫がおった。拾い上げて杖にする人がおった。」(星野富弘)
いまも国内外で、彼の「花の詩画展」が開かれゆう、詩人・画家・随筆家の、星野富弘(1946〜)さんの言葉ながやき。
普通に考えりゃあ、誰が考えたち何の使いみちもないような、放り出された木の枝やち、その傍らに寒さをしのぐ虫がおるし、その枝を拾い上げて杖にする人やちおるがよ。
ちゅうこたぁ、世の中にゃあ、使いみちがないもんらあないし使いみちがない人もおらん、何の役にも立たんもんらあないし何の役にも立たん人もおらんっちゅうことながやき。
ほいたら、もしおまさんが、何かの物事や人らあに対して、使いみちがないとか役に立たんとかっちゅうて思うたとすりゃあ、そりゃあただ単におまさんが、その物事や人の使いみちに、まだ気づいてないだっけやっちゅうことながよ。
何事かが、誰かが、使いみちがないとか役に立たんと思うたら、自分の見る目のなさを恥じにゃあいかんっちゅうことながやき。
「どんな使いみちがあるろう?何の役に立つろう?」っちゅうて、ワシらあはまっとまっと、真摯に深うに考えにゃあイカンがぜよ。