「人間社会の幸福たぁ邂逅の喜びぜよ。」(亀井勝一郎)
当初は左翼的政治運動に参加したけんど転向し、仏教思想に関心を深め、文芸評論や文明批評らあで活躍した昭和期の文芸評論家、亀井勝一郎(1907〜1966)さんの言の葉ながやき。
「邂逅(かいこう)」たぁ、思いがけのう出会う、巡り会いのことながよ。
この、思いがけん出会い、巡り会いが、何で「人間社会の幸福」ながか?
他にまっと、幸福といえるようなもんらあて、ナンボやちありそうなもんやに……。
そりゃあおそらく、なかなか若い頃にゃあ気づくことができんもんで、ある程度年をとらにゃあ、なかなか気づくことができんもんながやき。
ある程度年を重ねちょりゃあ、人生にゃあまっこと思いがけん出会いや巡り会いが、あふれかえるばああるっちゅうことに気づくもんながよ。
ほんで、結局何であん時うまいこといったがかとか、何であん時成功できたがかとか、何であん時の大ピンチをくぐり抜けることができたがかとか、何でいまの自分があるがかとかっちゅうて、いろいろ深うに見つめ直した時、それらあの大半が、あん時の思いがけん出会いがきっかけやったとか、あん時の巡り会いや巡り合わせの良さが理由やったとかっちゅうことに気づくがやき。
ほいたら、そりゃあつまり、人間社会の幸福たぁ、邂逅の喜びやっちゅうことになるがぜよ。