「『怖い』『面倒くさい』『不安や』っちゅうて思う感情は、過去の偏った経験が作り出すただの錯覚ぜよ。」(吉田松陰)
江戸時代後期の武士、長州藩の思想家・教育者で、「松下村塾」で維新の志士らあに多大な影響を与えた明治維新の精神的指導者・理論者、吉田松陰(1830〜1859)さんの言の葉ながやき。
流石は、かの吉田松陰さんの言の葉ながよ。
「怖い」も「面倒くさい」も「不安」も、過去の偏った経験が作り出すただの錯覚やと本心から思うちゅうきこそ松陰さんは、死罪覚悟で黒船に乗り込み渡航を企てるらあてことを、実行に移すことができたといえるがやき。
けんどこりゃあ、松陰さん並みの火の玉ばあ熱うに燃える、信念と行動力がなけりゃあ、ワシらあにゃあ現実的にゃあかなり難しいがよ。
なんぼ過去の偏った経験が作り出すただの錯覚やと信じれたとしたち、それでも「怖い」っちゅう感情は生まれてしまうもんやし、「不安」をまったく無くすことやち、実際にゃあまず不可能やといえるがやき。
けんど、そんなワシらあ凡人やち、ちびっとばあは松陰さんに近づくこたぁ不可能やないがよ。
「怖い」と「不安」は難しいかもしれんけんど、「面倒くさい」っちゅう感情一本にしぼりゃあ、何とかなりそうながやき。
世の中の物事は、すべからく「面倒くさい」ことだらけながよ。
けんど、「面倒くさい」と思うようなことを一切排除してしもうたら、結局何ちゃあ成すこたぁ不可能になってしまうがやき。
つまり、「面倒くさい」と思うようなことを、どればあ「面倒くそうない」ことやと思えるかが、勝負の分かれ道やっちゅうことながよ。
こん時に、この松陰さんの言の葉が役に立つがやき。
「面倒くさい」っちゅう感情は、過去の偏った経験が作り出すただの錯覚やと、自分に信じこませりゃあえいがよ。
そのコツは、「面倒なこと」を楽しむこと、面白がることながやき。
「面倒なこと」を、ちびっとずつちびっとずつ、楽しみに変えていき、面白がれるようになっていきゃあ、「面倒くさい」っちゅう感情は、何とかただの錯覚やと思えるようになっていけるはずながよ。
そうすりゃあ、ワシらあ凡人やち、松陰さんのレベルにちびっとずつちびっとずつ近づいていけるがぜよ。