「喜びの声を発すりゃあ喜びの人となり、悲しみの声を発すりゃあ悲しみの人となるがぜよ。」(内村鑑三)
日本独自の無教会主義を唱えた、キリスト教思想家で文学者の内村鑑三(1861〜1930)さんの言の葉ながやき。
一般的にゃあ、喜ぶようなことがあったら喜びの人になり、悲しむようなことがあったら悲しみの人になるように思われちゅうがよ。
けんど実際にゃあ、かの内村鑑三さんの今回の言の葉のとおり、特に喜ぶようなことが無かったとしたち、喜びの声を発すりゃあ喜びの人となり、特に悲しいことが無かったとしたち、悲しみの声を発すりゃあ悲しみの人になるっちゅうんが、実は真実に近いがやき。
実際にやってみりゃあ実感できるがやけんど、過去の喜びの瞬間らあをリアルに思い出して、笑顔をつくってみるだっけで、人間はいとも簡単に、ホンマに喜びの人になれるもんながよ。
またその反対に、過去の悲しみの瞬間らあをリアルに思い出して、悲しい顔をするだっけで、人間はいとも簡単に、ホンマに悲しみの人になってしまうもんながやき。
ほいたら、たとえ何ちゃあ喜ぶようなことが無かったち、たとえ悲しいことだらけが起こりまくっちょったとしたち、過去の喜びの瞬間らあをリアルに思い出して、笑顔をつくってみるだっけで、人間はいとも簡単に、ホンマに喜びの人になれるっちゅうことながぜよ。