「どこにおったち『ノイズ』はつきまとうがよ。無視すりゃあ不快やけんど、耳をすましゃあ魅せられるがぜよ。」(ジョン・ミルトン・ケージ・ジュニア)
アメリカ合衆国の音楽家、作曲家、詩人、思想家、キノコ研究家であり、実験音楽家として前衛芸術全体に影響を与え、独特の音楽論や表現によって音楽の定義をひろげた、ジョン・ミルトン・ケージ・ジュニア(1912〜1992)さんの言の葉ながやき。
この言の葉でジョン・ケージさんが言いたいこたぁ、まず、どこにおったち、何をしよったち、雑音はつきまとうもんで、雑音から逃れることらぁできんっちゅうことながよ。
ほんで、そんな雑音を無視しょうとすりゃあするばあ、自身が不快な気分になってしまうっちゅうがやき。
ほいたら逆に、その雑音に耳をすませてじっくり聴いてみりゃあ、実は雑音やと思うちょったもんの中にやち、魅せられるような部分があるがぜよっちゅう、そういうことながよ。
さらにそりゃあ、雑音だっけに限ったことやあないがやき。
雑魚、雑草、雑談、雑念、雑事、雑用……「雑」の字が付く言葉にゃあ、取るに足りんとか、余計なもんっちゅうようなイメージがあるけんど、実はそんな「雑」の中にやち、魅せられるような大切なもんが潜んじゅうっちゅう、そういうことながぜよ!