「雲や嵐なしにゃあ、いかなる虹もあり得んぜよ。」(ジョン・H・ヴィンセント)
アメリカ合衆国のメソジスト監督教会の監督を務めた聖職者、ジョン・ヘイル・ヴィンセント(1832〜1920)さんの言の葉ながやき。
晴れの日ばっかし続きよったら、虹が現れるこたぁ決してないがよ。
また、雲が立ち込めて雨が降り、嵐が来たりした後やきにこそ、虹は一層美しゅう感動的に感じられるもんながやき。
つまり、人生もおんなじで、平凡な日常が続きゆう中においちゃあ、そこに幸せを見出だすこたぁなかなか難しいっちゅうことながよ。
また、人生に雲や雨や嵐の時期があるきにこそ、平凡な幸せっちゅうもんがいかに素晴らしいか、いかに有り難いもんながかを実感できるっちゅうことながやき。
ほいたら、人生において雲が立ち込めたり、雨が降ったり、嵐が来たりした時にゃあ、そりゃあ忌むべきもんでも何でものうて、むしろ逆に悦ばしいことやといえるがやないろうか?
これで、平凡な日常に幸せを見出だすことができるようになるっちゅうことやし、この嵐が去った後にゃあ、平凡な日常が輝かしい日常に感じられるようになるっちゅうことながよ。
……ちゅうこたぁ、人生において雲が立ち込めたり、雨が降ったり、嵐が来たりした時にゃあ、「よっ!待ってました!」っちゅうて、悦んでドーンと受け止めりゃあえいっちゅうことながぜよ!