「空を飛ぶことを可能にしたがは、空を飛ぶことを夢見たきぜよ。」(カール・ポパー)
オーストリア出身のイギリスの哲学者であり、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授で、著書「探究の論理」にて、人間は誤りから学ぶことで真理に近づくっちゅう「批判的合理主義」を提唱した、サー・カール・ライムント・ポパー(1902〜1994)さんの言の葉ながやき。
夢を見ろうやらあて語ったら、最近は古臭い言葉のように思われるかもしれんけんど、すべての物事は夢見ることからスタートしちゅうっちゅうんは、紛れもない真実ながよ。
たとえば、空を飛ぶことらあて不可能やと思うて、もし誰っちゃあそれを夢見ることらあなかったとしたら、今でも飛行機やヘリコプターやロケットらあも発明されてないはずで、移動手段は陸路しかない世の中になっちゅうはずながやき。
誰っちゃあ空を飛ぶことを夢見ることのないまんま、空を飛ぶことが可能になることらあて、永遠にあり得んっちゅうことながよ。
つまり、何じゃちそういうことながやき。
たとえばワシゃあ、「『食が美味しい!酒が旨い!人が明るい!そして世界一宴が楽しい酒国土佐!』をブラッシュアップして融合さいて、飲めるもんも飲めんもんも、みんなあ『なかま』になれる『宴のユートピア』を土佐の高知に実現する!」っちゅう夢を持っちゅうがやけんど、そんな夢やち、もし誰っちゃあ夢見ることがなけりゃあ、絶対に実現することらあないっちゅうことながよ。
ワシが生きちゅううちにその夢を達成できるかどうかとかっちゅうようなチンマイ話やのうて、誰っちゃあその夢を掲げんかったら絶対に実現できんかったはずの夢を、誰かが夢を掲げさえすりゃあ何十年かかろうともいつかは必ず実現できるっちゅう、つまりはそういうことながぜよ!