「人類は、生きちゅうもんよりか、死んじゅうもんで成り立っちゅうがぜよ。」(オーギュスト・コント)
フランスの社会学者、哲学者、数学者、総合科学者で、「社会学」っちゅう名称を創始し社会学の祖として知られちゅう、イジドール・オーギュスト・マリー・フランソワ・グザヴィエ・コント(1798〜1857)さんの言の葉ながやき。
普通は誰しもが、この世の中や人類は、生きちゅうもんで成り立っちゅうと思うちゅうがよ。
この世の中にゃあ生きちゅう人類しかおらんがやき、そりゃあ当然っちゃあ当然のことのように思われるがやき。
けんど、かの社会学の創始者オーギュスト・コントさんは、「生きちゅうもんよりか、死んじゅうもんで成り立っちゅう」っちゅうがよ。
そりゃあつまり、こういうことながやき。
まず、いま生きちゅう人の誰しもが全て、既に死んじゅう人の子孫やっちゅう、厳然とした事実があるがよ。
いま既に死んじゅう人らあ、つまり祖先がおらんかったとしたら、誰一人としてこの世にゃあ生まれてないっちゅうことながやき。
さらに、いまワシらあが当たり前のように享受しゆう、言葉や文字も、科学技術も社会システム等々も、世の中に存在しちゅうあらゆるもんの全ては、既に死んじゅう人らあが過去に生み出し、育み、進化さいてきたもんの上に成り立っちゅうっちゅうんも、紛れもない事実ながよ。
ほいたら、誰が何ちゅうたち、人類は、生きちゅうもんよりか、死んじゅうもんで成り立っちゅうっちゅうことになるがやき。
ほんじゃき、いま生きちゅうワシらあは、既にこの世を去ってしもうた全ての祖先、全ての人類に対して、まっと感謝しもって生きていかにゃあいかんっちゅうことながよ。
祖先を敬う、祖先を供養するっちゅうことの本当の意味たぁ、きっとそういうところにあるがぜよ。