「ワシゃあ『みずから知らんこと』を知っちゅうがやき。その限りにおいちゃあ、知恵の上じゃあチビッとばあ優れちゅうがぜよ。」(ソクラテス)
古代ギリシャを代表する哲学者で、西洋哲学の基礎を築いた人物の1人として、特に西洋道徳哲学(倫理学)の伝統における最初期の道徳哲学者の1人として認識されちゅう、ソクラテス(紀元前470年頃〜紀元前399年)さんの言の葉ながよ。
このソクラテスさんの言の葉は、かの有名な「無知の知」と呼ばれるもんながやき。
「無知の知」たぁ、自らが様々な先入観や思い込みにとらわれちゅうっちゅうことを自覚しちゅうっちゅうこと、つまり自らの無知を自覚することこそが、真の認識に至る道じゃっちゅうことながよ。
AIがあらゆる分野に浸透しだいたそんな時代、ワシらあに何より必要とされるがは、「自分の頭で考えること」ながやき。
「自分の頭で考えること」ができるようになるにゃあ、まず「考えることに目覚める」ことで、実はここが一番ハードルが高いかもしれんがよ。
なんでかっちゅうたら、考えるこたぁ純粋に自主的な行為やきに、「考えゆう人」と「考えてない人」の差は、「そもそも考える姿勢を持っちゅうか?」が大きいきながやき。
そのために不可欠なキーワードが「無知の知」ながよ。
ソクラテスさんは、「無知の知」っちゅう考え方を基本とし、「知らんこと」よりか「知らんことを知らんこと」の方が罪が深いと考えたっちゅうことながやき。
「自分がいかに分かってないかを自覚すること」こそが、物事を自分の頭で考えるための本当の第一歩やっちゅうことながよ。
それが自覚できちゅう人は、安易に自分の正しさを主張せんし、相手の言い分も尊重するがやき。
さらに、未知のもんへの好奇心も旺盛やし、過去の栄光にもすがらんし、日々着実に前進できるし、必要に応じて変化していけるがよ。
つまり、自分がいかに分かってないかを自覚しちゅう人こそが、これからの時代に必要とされる、真に知恵のある人に育っていく人やっちゅうことながぜよ。