「『人間万事、塞翁が馬』っちゅうことわざは、ときとして『人間らあてなるようにしかならんがよ。あくせくしたちはじまらんがやき。』っちゅうような意味に使われることがあるがよ。ワシゃあこりゃあ間違いやと思うがやき。ワシゃあ、『なるようにしかならん』人生やのうて、『なるようになる』人生をつくるために努力することのほうが大事じゃろうと思うがぜよ。」(大山梅雄)
どんな赤字会社やちすべて2年以内に復配、大幅黒字に立て直し、手がけた再建は実に17社に及び、「再建の魔術師」と呼ばれた、昭和期の実業家で大山グループ総帥、大山梅雄(1910〜1990)さんの言の葉ながよ。
「人間万事、塞翁が馬」っちゅうんは、人生における幸運や不運は予測できいで、一見不幸な出来事が幸せに転じたり、その逆もあり得るがやき、物事に一喜一憂するべきやないっちゅう意味のことわざながやき。
ほんで、かの大山梅雄さんは、このことわざを「人間らあてなるようにしかならん」っちゅうて捉えちゃあいかんっちゅうて指摘するがよ。
もちろん、人生における幸運や不運は予測できんっちゅうんは、そりゃあ真実ながやき。
一見不幸な出来事が幸せに転じたり、一見幸せな出来事が不幸に転じたりするっちゅうんも、真実ながよ。
問題は、それを「人間らあてなるようにしかならん」っちゅう意味に捉えることながやき。
そうやのうて、 人生における幸運や不運は予測できんきにこそ、一見不幸な出来事が幸せに転じたり、一見幸せな出来事が不幸に転じたりするきにこそ、自分の人生をしっかりと「自分事」として捉えて、自分自身で「なるようになる」人生をつくるために努力することが大事やっちゅう意味に捉えるべきながよ。
そう捉えることができりゃあ、運命論的な人生観から離れることができ、自由意志論的な人生観を手に入れることができるがやき。
そりゃあつまり、自分の人生のハンドルを自分自身がしっかり握ることができるっちゅうことを意味しちゅうがよ。
ほいたら、不幸な出来事が幸せに転じたりしようが、幸せな出来事が不幸に転じたりしようが、全体として素晴らしいと思える自分の人生の、ほんの一部に過ぎんと思うことができるようになるがぜよ。