2026年03月01日

幸せの言の葉<2025>

「嫌じゃと思うたら、嫌じゃないなるまで徹底的に直すがぜよ。どればあ細かいことじゃち。」(黒澤明)


1943年「姿三四郎」で監督デビューし、1950年の「羅生門」でベネチア国際映画祭金獅子賞、第24回アカデミー賞特別賞(最優秀外国語映画賞)を受賞、「世界のクロサワ」と呼ばれる日本を代表する監督のひとりとなった、映画監督の黒澤明(1910〜1998)さんの言の葉ながやき。


「神は細部に宿る」っちゅう有名な言葉があるがよ。


こりゃあ、細部へのこだわりや丁寧なつくり込みこそが、作品や仕事全体の完成度と真の価値を決定するっちゅう信念を表す言葉やと、一般的にゃあ思われちゅうがやき。


けんど、この言葉にゃあ注意が必要ながよ。


細部にこだわるこたぁあくまで「手段」で、目的を見失うて枝葉末節に固執する「重箱の隅をつつく」ようなことたぁ、区別する必要があるがやき。


ビジネスについていやあ、リソースは有限やき、全体設計と細部のバランスを取り、本質に関わる細部へ集中的にコストをかけるべきやっちゅうことながよ。


細部にこだわるっちゅうんは、まっと大きい大事な部分がちゃんと良う出来上がっちゅうからこそ、意味があるがやき。


時間は有限ながやき、その時間をどこに優先的に使うべきかっちゅうたら、そりゃあ枝葉末節やのうて、重要な根幹の部分やっちゅうんは、当たり前のことながよ。


結局、ホンマもんの「神は細部に宿る」っちゅうんは、あくまでその制作過程に間違いがのうて、しっかり積み上げてきた上での仕上げとしての細部であり、根幹の部分から一貫してこだわり抜いた上での細部やからこそ、神が宿るがやっちゅうことながやき。


かの黒澤明監督さんのこの言の葉も、根幹がしっかりしちゅう黒澤監督さんやからこそ、いえる言葉やっちゅうことながよ。


つまり神様は、細部だっけを見ゆうわけやない、全部見ゆうっちゅうことながぜよ!




Posted by tsukasabotan at 09:00│Comments(0)