2026年06月14日

幸せの言の葉<2060>

「サラリーマンとして成功したけりゃあ、まず、サラリーマン根性を捨てることぜよ。」(小林一三)


関西じゃあ、電鉄を中心とする多角経営っちゅう私鉄経営の手本を示し、東京にゃあ演劇と映画の会社(東宝)もつくった、阪急東宝グループの創始者、小林一三(1873〜1957)さんの言の葉ながやき。


「サラリーマン根性」たぁ、自分で判断することを避ける「指示待ち」の受動的な姿勢や、失敗を恐れて前例踏襲に終始する「事なかれ主義」や、問題が起きた際に責任を取ろうとせん「責任回避」の姿勢や、長期的な視点や会社の全体最適よりか自分の在職期間中の評価や保身を優先する「自己保身」らあを指すがよ。


このような、「指示待ち」「事なかれ主義」「責任回避」「自己保身」っちゅう姿勢が見られるようなサラリーマンが、成功するわけがないっちゅうんは、ホンマは誰が考えたち分かるはずながやき。


それやにどういて、いつまで経ったち、サラリーマン根性丸出しの人がおらんならんがやろうか?


そこにゃあ、企業側の責任も大きいがよ。


結局は企業側に、「大企業病」や「官僚主義」や「お役所仕事」らあが蔓延しちゅうきにこそ、サラリーマン根性丸出しの人がおらんならんっちゅうことながやき。


「ウチの会社は大丈夫!」っちゅうて断言する経営者の方が少のうないかもしれんけんど、意外に経営者が知らんうちに、大企業でもないに「大企業病」が一部に発生しちょったり、お役所でもないに「官僚主義」や「お役所仕事」が浸透しはじめちょったりっちゅうことが、実はようあることながよ。


サラリーマン根性丸出しの社員を批判しゆうヒマがあったら、 知らんうちに自分の会社に、「大企業病」や「官僚主義」や「お役所仕事」らあが発生したり、浸透しはじめたりしやあせんかを、ようよう目を光らせちょかにゃあイカンっちゅうことながぜよ!


  

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2026年06月13日

幸せの言の葉<2059>

「ワシゃあ経営は耳で学んだがよ。これこそ生きた経営学ながやき。ワシゃあ学問はないけんど『聞学』は習得したがよ。これが何よりの武器ながぜよ。」(石橋信夫)


第二次世界大戦での大怪我や、過酷なシベリア抑留を乗り越えて帰国後、焼け野原の日本を見て「木材の代わりに強い鉄パイプで家をつくろう」と決意し、大和ハウス工業を創業したっちゅう、石橋信夫(1921〜2003)さんの言の葉ながやき。


「賢い人は聞き、愚か者は語る」っちゅう、古代イスラエルのソロモン王が語ったといわれる言葉があるけんど、石橋信夫さんの言の葉も、まさにそういうことながよ。


なんぼ学問として立派な経営学を学んだとしたち、たとえ海外の超一流大学院でMBA(経営学修士)を取得しちょったとしたち、現実の経営の世界はまったく違うもんながやき。


結局、ホンマに現実に役に立つ経営の生きた知恵は、優秀な経営者っちゅう他人の言葉から、一番学べるっちゅうことながよ。


ほんで、なんぼベテランになったち、なんぼ大御所みたいに言われるようになったち、常に他人から学ぶっちゅう姿勢を崩すことのう持ち続けられる人こそが、ホンモノの最高の経営者やっちゅうことながやき。


さて、ほいたらおまさんは他人の話を、しっかり真剣に聞きゆうかよ?


ワシも、そう言われりゃあ耳が痛いがよ。


相手が、先輩経営者であろうが後輩経営者であろうが、お取引先であろうが消費者であろうが……全ての他人の言葉をしっかり聞いて、そっから学び続けることができる人こそが、最終的な勝利者になるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年06月07日

幸せの言の葉<2058>

「企業にとって重要ながは発明よりか革新ながやき。その革新は実に他愛のない夢を大切にすることから生まれるがぜよ。」(井深大)


SONYの創業者として、町工場から日本を代表する国際的な企業に育てあげ、戦後日本の技術立国を象徴する存在と呼ばれた、井深大(1908〜1997)さんの言の葉ながよ。


まず、発明と革新は何が違うかっちゅうたら、発明たぁ新しい技術やモノをゼロから生み出すことで、革新たぁ新しいアイデアや技術を活用して社会に新しい価値や仕組みをもたらすことながやき。


つまり、発明は研究室や個人の頭の中にある「技術の種」で、革新はそん種らあを社会に植え付けて、ビジネスや人々の生活を豊かにする「大きな木」に育てるプロセスやっちゅうことながよ。


「技術の種」(発明)は、そのまんまじゃあ社会にとっちゃあまだ役に立つかどうからぁわからんがやき、それよりか人々の生活を豊かにする「大きな木」に育てること(革新)の方が、企業にとっちゃあ重要やっちゅうことながやき。


ほんで、そんな革新は実に他愛のない夢を大切にすることから生まれるっちゅうて、かの井深大さんは語っちゅうがよ。


たとえばワシやったら、近年流行りのこぢゃんと香りのフルーティな純米吟醸酒と、後口のキレがこぢゃんとえい超辛口酒は、本来相容れん酒質タイプで、両立は不可能やと思われちょったけんど、ワシゃあ単純に何の根拠ものう、この両立を実現した日本酒を造りたいっちゅう、他愛のない夢を密かに持っちょったがやき。


こんなワシの密かな夢を、取引先からの要望をきっかけにウチの浅野徹杜氏に相談したところ、香りが高いけんど発酵力が弱い高知酵母「CEL19」と、香りは低めやけんど発酵力が強い高知酵母「H21」の併用により、見事に成し遂げてくれ、昨年11月に新発売された商品が、「司牡丹・双竜銜玉(そうりゅうかんぎょく)」(超辛口・純米吟醸酒)やったがよ。


つまり、司牡丹の革新的商品も、他愛のない夢を大切にすることから生まれたっちゅうことながやき。


……ちゅうことで、企業にとって重要ながは発明よりか革新であり、その革新は実に他愛のない夢を大切にすることから生まれるがぜよ。


  
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2026年06月06日

幸せの言の葉<2057>

「人生の行路をかなり遠くまでたどってくりゃあ、以前は偶然の道連れにすぎんと考えちょった多くの人が、ふと気がつきゃあ、実は誠実な友やったことがわかるがぜよ。」(ハンス・カロッサ)


開業医として活動するかたわら、詩集や医者を主人公とする小説らあを発表したドイツの小説家であり詩人、ハンス・カロッサ(1878〜1956)さんの言の葉ながやき。


人生も還暦を過ぎりゃあ、このハンス・カロッサさんの言の葉は、まっことしみじみそのとおりやと思うがよ。


子供の頃や若い頃は親友やと思うちょったに、ある程度年をとったらいつの間にか疎遠になってしもうたっちゅう人もおりゃあ、若い頃にたまたま出会うたような人やち、いつの間にか大切な友人になっちょったりするもんながやき。


そりゃあ何でやろうかと考えてみりゃあ、まず10年20年30年っちゅう長いスパンでみりゃあ、置かれちゅう環境が違うてくるきながよ。


小学校が一緒やったち中学校や高校でお互いの環境が変わる、高校が一緒やったち大学でお互いの環境が変わる、大学が一緒やったち社会人になってお互いの環境が変わる……ちゅう具合に、どればあ仲が良かったとしたち、ズーッと一緒の環境におるこたぁまず不可能で、どっかのタイミングでお互いの環境が変わってしまうがやき。


環境が変わりゃあ、付き合う人のタイプも変わるし、それによって自分自身も影響を受けて、いつの間にか変わっていくもんやき、昔は仲が良かった人といつの間にか疎遠になったり、昔たまたま出会うたような人といつの間にか仲良うなったりするっちゅうことながよ。


そうはいうたち、どればあお互いの環境が変わり続けたとしたち、昔も今も変わることのうズーッと仲のえい親友やっちゅう、そういう友もおるっちゅうんが、人生の面白いところながやき。


まっこと、縁は異なもん味なもんっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月30日

幸せの言の葉<2055>

「賢明に世渡りしいや。けんど、世渡りの専門家にゃあなったらいかん。」(フランシス・クワールズ)


イギリスの詩人、フランシス・クワールズ(1592〜1644)さんの言の葉ながやき。


世渡りたぁ、社会生活の中で世間の人々と円滑に折り合いをつけて、コミュニケーション力を駆使して、上手に生きていくことを指すがよ。


人間は、誰やち1人じゃあ生きていけんがやき、世渡りは仕事や人間関係をスムーズに進めるための重要なスキルとして捉えられるがやき。


ほんじゃき、賢明に世渡りせにゃあいかんがよ。


けんど、かというて、世渡りの専門家になってしもうたらいかんがやき。


世渡り上手になることを、人生の第一義にしてしもうたら、自分が本来成すべきことを見失うてしまうもんながよ。


ホンマはその逆で、自分が本来成すべきことを、自分の一生の間で成すために、賢明に世渡りせにゃあいかんっちゅうことながやき。


世渡りは、あくまで自分が成すべきことをスムーズに成すためのメソッドであり、ホンマに大事ながは、何を成すかっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月24日

幸せの言の葉<2054>

「ライバルが10本のバラを贈ったら、おまさんは15本贈るかよ?そう思うた時点でおまさんの負けながよ。ライバルが何をしよったち関係ないがやき。相手が望むことを見極めるがが肝心ながぜよ。」(スティーブ・ジョブズ)


アメリカ合衆国の実業家でアップル社の創業者の1人、スティーブ・ジョブズ(1955〜2011)さんの言の葉ながよ。


かの伝説の経営者、スティーブ・ジョブズさんは、この言の葉で何が言いたいがかっちゅうたら、ライバルの上をいくことができりゃあ成功できるっちゅうて考えた時点で、おまさんの負けやっちゅうことながやき。


普通は、ライバルのやりゆうことを凌ぐような商品やサービスを生み出しゃあ、それで勝てると思うてしまいがちながよ。


けんど、かのジョブズさんは、ライバルが何をしよったち関係ないっちゅうがやき。


女性を口説くやったら、その女性が望むもんを、顧客の心を掴みたいがやったら、おまさんの顧客が望むもんを、見極めてそれを目の前に提示しちゃることが肝心やっちゅうことながよ。


さらに言うたら、その女性が自分やち気づいてないような、顧客が自分やち気づいてないような、目の前に提示されて初めて「そうそう!こんなもんが欲しかったがよ!」っちゅうて言うてしまうような、そんな望みを叶えちゃったら、おまさんの勝ちやっちゅうことながぜよ!


  
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2026年05月23日

幸せの言の葉<2053>

「ひとりで見る夢は、そりゃあ夢にしか過ぎんがよ。けんど、みんなあで見る夢は現実となるがぜよ。」(エドゥアルド・ガレアーノ)


ウルグアイのジャーナリスト・作家で、ラテンアメリカと世界の現実を鋭うに切り取る発言で知られ、その著書は多くの言語に翻訳されちゅう、エドゥアルド・ガレアーノ(1940〜2015)さんの言の葉ながやき。


誰やち、自分の理想とするような夢を実現できりゃあ、こんな素晴らしいこたぁないがよ。


けんど、年齢を重ねりゃあ重ねるばあ、そんな理想らあて結局夢にしか過ぎんがやないかっちゅうて、あきらめてしまいがちながやき。


けんど、なんであきらめてしまわにゃあいかんなったかっちゅうたら、そりゃあその夢をひとりで見よったきにやっちゅうて、かのエドゥアルド・ガレアーノさんは喝破するがよ。


よう考えてみりゃあ分かるけんど、おまさんが今まで何かの目標を達成したとき、そりゃあ自分ひっとりだっけの力やのうて、周りのいろんな人らあの力を借りて、達成できちゅうはずながやき。


ほいたら、おまさんの夢やちおんなじことながよ。


自分の夢ながやき、周りや他人らあて関係ないらあて、思いよっちゃあいかんがやき。


もし本気でその夢を実現したいがやったら、おまさんだっけの夢を、周りの仲間らあと一緒に見る夢に変えたらえいっちゅうことながよ。


一緒に夢を見てくれる仲間を、まずは1人、次に2人……ちゅうて、チビッとずつやちえいき、探してみることながやき。


そうやって、一緒におんなじ夢を見てくれる仲間が増えていきゃあ、おまさんの夢はみんなあで見る夢になり、ドンドン現実になる日が近づいてくるっちゅうことながよ。


今からやち遅うはないがやき。


みんなあで見る夢は現実となるがぜよ!


  
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2026年05月17日

幸せの言の葉<2052>

「よりシンプルな生活。そこへ戻るがはむしろ前進ながよ。シンプルになることでワシらあは尊厳を取り戻し、大地と接し、人と人とのふれあいの大切さを、もういちど学ぶことになるきにぜよ。」(イヴォン・シュイナード)


アメリカの登山家、実業家で、 パタゴニアとブラックダイヤモンドの創業者、イヴォン・シュイナード(1938〜)さんの言の葉ながやき。


現代人であるワシらあは、周囲にたくさんのモノや情報が溢れまくりで、さらにヤヤコシイ人間関係らあに振り回されまくりで、 なかなかシンプルな生活をおくることらあて難しいもんながよ。


けんど、全てをシンプルにするがやなしに、たとえば1週間とか1日だっけとかやったら、シンプルな生活にするこたぁ誰やちやろうと思やあできることながやき。


一時だっけやちシンプルになることで、シュイナードさんが言うように、ワシらあは尊厳を取り戻すことができるし、大地と接することができるし、人と人とのふれあいの大切さを学ぶこともできるがよ。


そりゃあ、たとえ一時やち、現代人にとっちゃあ癒しにもなるし、活力源にもなるし、何より環境に与える付加も減り、地球を救うことにもつながっちゅうがやき。


ちなみにパタゴニアのミッションは、当初の「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える」からさらに進化し、「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」となっちゅうがよ。


つまり、シンプルな生活に戻るこたぁ、むしろ前進やっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月16日

幸せの言の葉<2051>

「あら探しの好きな方、わがままな方、やっかいな質問をする方に申し上げますぜよ。ありがとうございます。」(マイケル・デル)


アメリカの実業家で、デルコンピュータの創業者にして会長兼CEO、マイケル・ソール・デル(1965〜)さんの言の葉ながやき。


仕事をしよって、お客さんに妙なあら探しをされたり、自分勝手なわがままを言われたり、やっかいな質問をやクレームをぶつけられたりすりゃあ、そりゃあ誰やちえい気はせんし、場合によっちゃあ腹も立つっちゅうもんながよ。


けんど、そこで腹を立てたところで、こっちがお客さんを一人失うっちゅうことになるがやき、マイナスにしかならんがやき。


また、腹を立てることのう、ただ静かに淡々とそのやっかいなお客さんを切る(今後のつながりを切る)っちゅう考えもあり、そうすりゃあその分、他の大切なお客さんに対して使える時間が増えるき、少のうたちマイナスにゃあならんっちゅう考え方もあるがよ。


一般的にゃあ、これがビジネスにおける正解やと言われゆうがやき。


ところが、かのデルさんは、そんなやっかいなお客さんに「ありがとうございます」っちゅうて、お礼をいうがやき。


つまり、あら探しやわがままや、やっかいな質問やクレームらあにゃあ、自分らあじゃあ気づくことができんような、自社にとってプラスになる気づきが隠されちゅうっちゅうことながよ。


そこに気づくことができ、そこで見出だした問題点を改善し続けていく仕組みをつくり上げりゃあ、実はクレームは宝の山になるがやき。


そうなりゃあ、 妙なあら探しをしたり、自分勝手なわがままを言うたり、やっかいな質問やクレームをぶつけてくるお客さんですら、自社にとってプラスになる存在に変わるっちゅうことながよ。


ほんじゃきデルさんは、やっかいなお客さんに「ありがとうございます」っちゅうて、お礼をいうがやき。


ただし、あまりに理不尽なクレーマーの場合にゃあ、そこに隠されちゅう自社にとってプラスになる気づきだっけをありがとうにいただいて、そのお客さん自体は、静かに淡々とつながりを切りゃあえいっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月10日

幸せの言の葉<2050>

「人生で学んだこたぁすべては三語にまとめられるがよ。そりゃあ『It goes on』(人生にゃあ続きがある)っちゅうことぜよ。」(ロバート・フロスト)


20世紀のアメリカを代表する詩人で、その詩は伝統的な韻律を多用し、 ニューイングランド の田舎の生活を背景に、自然と人間性のテーマを探求しちょって、4度ピューリッツァー詩賞を受賞しちゅう、ロバート・フロスト(1874〜1963)さんの言の葉ながやき。


「It goes on」を直訳すりゃあ、「そりゃあ続く」ながよ。


つまり、「人生にゃあ続きがある」っちゅうて、 かのロバート・フロストさんは言いたいがやき。


フロストさんがこの言の葉で伝えろうとしちゅうがは、どればあ大きい挫折を味おうたとしたち、どればあ絶望的な苦境に追い込まれたとしたち、「何があったち人生にゃあ続きがある」っちゅうことながよ。


つまり、なんぼ「これでもうおしまいや」と思うばあ酷い目に遭うたとしたち、実際にゃあ「おしまい」やのうて、まだまだ続きの人生があるっちゅうことで、 すなわち逆転することやち不可能やないっちゅうことながやき。


けんど、「これでおしまいや」と本気で思い込んでしもうたら、ホンマにそこで終わってしまいかねんがよ。


ほんじゃき、そんな時にゃあ、このフロストさんの「It goes on」っちゅう言葉を唱えもって、もういっぺんだっけ勇気をふり絞って立ち上がることながやき。


そこで立ち上がることができりゃあ、次はほんの半歩でもえいき、再び歩みはじめることながよ。


チビッとずつやち歩みだすことさえできるようになりゃあ、もはや「おしまい」やないがやき。


その大きな挫折を糧として、おまさんの続きの人生で、ゆっくり時間をかけて逆転すりゃあえいがぜよ。


  
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2026年05月09日

幸せの言の葉<2049>

「何より大切ながは、セルフイメージぜよ。」(トム・ホプキンス)


不動産業のトップ営業マンとして活躍し、1976年に自身のスキルを伝授するための「トム・ホプキンス・インターナショナル」を設立、アメリカで「営業マンのバイブル」といわれる大ベストセラー「営業の魔術」の著者であり、書籍・セミナー・ビデオらあを通じてこれまでに400万人以上に営業メソッドを伝授し、現在もなお同社代表として世界中で活躍しゆう、 トム・ホプキンスさんの言の葉ながやき。


セルフイメージたぁ、「自分はこういう人間や」っちゅう無意識の自己評価や思い込みで、そりゃあ過去の経験や人間関係らあから形成されるもんながよ。


また、セルフイメージは、仕事・健康・経済力・スポーツ・恋愛……等々、分野ごとに異なるレベルのイメージを持っちゅうとされ、人間はセルフイメージ通りの行動をとるとされちゅうきに、その分野における成果に直結するっちゅうがやき。


もしおまさんが、たとえば仕事の分野について低いセルフイメージを持っちゅうとすりゃあ、間違いのうおまさんの仕事は、今うまいこといってないはずながよ。


けんど、心配はいらんがやき。


セルフイメージたぁ、結局は自分が思うちゅう自己評価や思い込みながやき、今はどうあれ、高めることも書き換えることも可能ながよ。


ほいたら、おまさんが得意としちょって、高いセルフイメージを持っちゅ分野のセルフイメージをコピペして、仕事の分野におけるセルフイメージがアップするよう、自分で書き換えりゃあえいっちゅうだっけのことながやき。


けんど、そうはいうたち、長年の思い込みはなかなかしぶとうて、そう簡単にゃあ書き換えれんかもしれんがよ。


ほいたらどうするか?


まずはとにかく、現状に関係のう、どうありたいかの理想の未来をイメージして、それを脳にインプットし続けることながやき。


ほんで、ほんの一歩ずつやち、ちんまい成功体験を積み重ねて積み重ね続けて、理想にちびっとずつ近づいて行き続けることながよ。


これを継続し続けよりゃあ、いつの間にかおまさんのセルフイメージは理想通りに書き換えられるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月06日

幸せの言の葉<2048>

「じっとしちょりゃあ、つまずく心配はないがよ。足を速めりゃあ速めるばあ、つまずく可能性は大きゅうなるけんど、どっかにたどり着く可能性も大きゅうなるがぜよ。」(チャールズ・ケタリング)


アメリカ合衆国のメカニック、エンジニア、科学者、発明家、社会哲学家で、ゼネラルモーターズ(GM)のデルコ・エレクトロニクスの前身である「デルコ」の創始者、チャールズ・ケタリング(1876〜1958)さんの言の葉ながやき。


どこの世界やち、ある程度経験を積んできたあたりで保身に走り、つまずいたり失敗したり傷ついたりするがを恐れて、これまで自分がやってきたことや、過去に前例のあることや、敷かれたレール上を動くだっけのことしか、行動せんようになる人が少のうないがよ。


確かに、そうやってじっとしちょりゃあ、つまずいたり失敗したり傷ついたりする心配は、あんまりないかもしれんがやき。


けんど、それじゃあ足踏みしゆうだっけやき、どこっちゃあにたどり着くこたぁできんし、達成感も充実感も何ちゃあない、味気ない人生を送ることになるがよ。


それがイヤやったら、新たな一歩を踏み出さにゃあいかんし、その歩みを速めにゃあいかんし、とにかく様々な行動を起こさにゃあいかんがやき。


新たな行動を起こしたり、その歩みを速めたりすりゃあ、確かにつまずいたり失敗したり傷ついたりすることもあるがよ。


けんど、それを乗り越えてこれを実践し続けよりゃあ、今の自分のおる場所よりか一段階上の新たなステージにたどり着くことができるし、達成感や充実感も堪能でき、何より魅力あふれる人生を送ることができるがぜよ。


  
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2026年05月05日

幸せの言の葉<2047>

「フィードバックが凡人を一流にするがぜよ。」(ピーター・F・ドラッカー)


オーストリア出身の経営学者・社会学者で、企業の存在意義やマネジメントに関する世界的権威、ピーター・ドラッカー(1909〜2005)さんの言の葉ながやき。


フィードバックたぁ、主に行動・成果に対する反応、意見、改善提案を意味しちょって、単なる感想やのうて、目標達成や行動改善を目的に、修正点を見出だす手法としてビジネスで重要視されちゅうがよ。


通常凡人は、うまいこといかんかったとき、「今日はうまいこといかんかったけんど、明日はうまいこといくように頑張ります!」っちゅうような、感想だっけで終わってしまうがやき。


けんど、それが凡人を凡人たらしめる原因ながよ。


凡人を自覚しもっても、一流を目指したいがやったら、「今日うまいこといかんかったところは、明日までにしっかり修正して、うまいこといくように明日は臨みます!」っちゅうて言わにゃあいかんがやき。


ほんで、言うだっけやのうて、実際にうまいこといかんかった部分はどこか、その原因は何か、どこをどう修正すりゃあえいか……等々をしっかりと考えに考え抜いて、次はそれを実践に移すところまでできにゃあいかんがよ。


さらに、その次もそのまた次も……うまずたゆまずこれを繰り返し続けにゃあいかんがやき。


なかなか大変じゃああるけんど、結果を踏まえてやり方を修正するっちゅう、このフィードバックループを回し続けることを全くせんまんま一流になった人らあて、どこの世界やち一人もおらんはずながよ。


ほいたら、これができりゃあ、たとえ凡人やったとしたち、一流の仲間入りはできるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月04日

幸せの言の葉<2046>

「『もうダメや!』と思うたときが、『頭一つ抜け出す』ときながよ。気を抜いちゃあいかんぜよ。」(ロッド・レーバー)


オーストラリア出身の男子テニス選手で、1962年と1969年の2度の「年間グランドスラム」と、1967年に「年間プロスラム」を達成した名選手、ロッド・レーバー(1938〜)さんの言の葉ながやき。


何の世界でやち、みんなあが「周りから頭一つ抜け出したい」と思うて日々頑張りゆうはずながよ。


けんど、そう思うちゅうはずやに、大きな問題や障害に遭うたとき、意外に簡単に「もうダメや!」っちゅうてあきらめてしまう人が、案外少のうないがやき。


そもそも、ホンマに「もうダメ」かどうかとか、自分の限界はどこか、らあてそんときの気分や体調によっても変わってしまうもんながよ。


つまり、自分の限界に線を引いてちゅうがは、自分自身やっちゅうことながやき。


かの偉大なテニスプレーヤーのロッド・レーバーさんは、「もうダメや!」と思うたときが「頭一つ抜け出す」チャンスやっちゅうがよ。


この言の葉を記憶に刻み込んじょくだっけで、かなり違うてくるがやき。


おまさんが次に、「もうダメや!」と思うた瞬間、このレーバーさんの言の葉を思い出して、「もしかしたら、これはチャンスかも?」と思い直すことができりゃあ、あとほんのもう一歩だっけ、頑張ってみるこたぁできるはずながよ。


その一歩さえ、踏み出すことができりゃあ、次の二歩目、三歩目を踏み出すこたぁ意外にそんなに困難なことやなかったりするがやき。


そん時おまさんは、おまさんの限界を突破しちょって、既に周りから頭一つ抜け出しちゅうっちゅうことながぜよ。


  
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2026年05月03日

幸せの言の葉<2045>

「機会が二度、おまさんのドアをノックするたぁ考えちゃあいかんぜよ。」(セバスチャン・ニコラ・シャンフォール)


フランスの作家でありモラリストで、警句や格言でよう知られちゅう、セバスチャン・ニコラ・シャンフォール(1741〜1794)さんの言の葉ながやき。


千載一遇のチャンスが巡ってきたときに、「自分にできるろうか?」とか、「どうやってやろうか?」とか、いろいろ考えすぎてしもうて、せっかく巡ってきたチャンスを逃してしまう人が少のうないがよ。


一方世の中にゃあ、そんな千載一遇のチャンスを何度も掴む人やちおるがやき。


何度もチャンスを掴める人っちゅうんは、「自分にできるろうか?」とか、「どうやってやろうか?」とか、そんなことらあ考える前に、まず真っ先にチャンスを掴みに行くがよ。


とにかくチャンスを掴んじょくことが最優先で、「自分ができます!」っちゅうて先に答えちょいてから、その後で、どうすりゃあ自分にできるかとか、どうやってやるからあを探し出しゃあえいっちゅうことながやき。


さらに、いっぺん真っ先にチャンスを掴んで、それを成し遂げた人にゃあ、直ぐに次のチャンスがやってくるもんながよ。


ほいたらまたそのチャンスを真っ先に掴んで、それを成し遂げりゃあ、またまた直ぐに次のチャンスもやってくるもんながやき。


そうやって、何度も何度も、チャンスに恵まれ続ける人がおる一方で、いろいろ考えすぎてしもうてせっかく巡ってきたチャンスを逃してしまう人は、次にドアがノックされる可能性はこぢゃんと低いがぜよ。


  
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2026年05月02日

幸せの言の葉<2044>

「一度に二つ以上の悩みごとを抱え込んじゃあいかん。3種類も悩みを抱え込むやつがおるがよ。昔の悩みごと、今ある悩みごと、これから起こりうる悩みごとぜよ。」(エドワード・エヴェレット・ヘール)


アメリカ合衆国の政治家で、連邦下院議員、連邦上院議員、ハーバード大学学長、駐イギリス特命全権公使、マサチューセッツ州知事、アメリカ合衆国国務長官らあ務め、1860年大統領選挙じゃあ立憲連合党の副大統領候補として立候補した、エドワード・エヴァレット・ヘール(1794〜1865)さんの言の葉ながやき。


ワシらあはいろんな悩みごとを抱えちゅうがやけんど、確かに分類してみりゃあ、昔の悩みごと、今ある悩みごと、これから起こりうる悩みごとの3種類があるがよ。


けんど、エドワード・エヴェレット・ヘールさんに言わせりゃあ、一度に二つ以上の悩みごとを抱え込んじゃあいかんっちゅうがやき、つまりまずは今ある悩みごと以外は、抱え込んじゃあいかんっちゅうことながやき。


過ぎてしもうた過去である「昔の悩みごと」や、まだ来てない未来の「これから起こりうる悩みごと」らあをナンボ考えよったち、そりゃあ時間の無駄でしかないがよ。


「昔の悩みごと」は、悩むがやのうて、今に活かす教訓にすべきながやき。


「これから起こりうる悩みごと」は、悩むがやのうて、それを防ぐためにただ今努力すべきながよ。


こうして、おまさんの悩みごとは全て、今に収斂することになるがやき。


ほいたらおまさんの悩みごとは、いきなり3分の1に激減するっちゅうことながぜよ。


  
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2026年04月29日

幸せの言の葉<2043>

「何のためにやるがかっちゅう意味がはっきりわかっちゃあせんかったら、そこにあるがは肉体だけぜよ。」(十八代目中村勘三郎)


子役時代から、歌舞伎俳優として五代目中村勘九郎を名乗り活躍後、2005年に十八代目中村勘三郎を襲名し、世話物から時代物、新作まで幅広いジャンルの演目に挑んで人気を博し、またコクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げ、現代劇の劇作家や演出家らあと多彩な演目で共演し、歌舞伎のすそ野を広げた功績でも知られちゅう、早世した希代の歌舞伎役者、十八代目中村勘三郎(1955〜2012)さんの言の葉ながやき。


芸事にしたち、スポーツにしたち、ビジネスにしたち、あるいは人生やち、「心技体」のバランスが重要やっちゅうことながよ。


何をやるにしたち、体力がなけりゃあ続かんし、技術がなけりゃあプロフェッショナルたぁいえんし、さらにそこに心が伴うてなけりゃあ、人を感動させるこたぁできんがやき。


芸事、スポーツ、ビジネス、人生……何じゃち体力と技術力に加え、さらにそこに心を込めることが必要ながよ。


体力も技術力も、練習や鍛練を長年積み重ねることによって身につけることができる、つまり肉体に宿らせることができるがやき。


ほいたら、心を込めることができるようになるにゃあ、どういたらえいかっちゅうたら、まずは何のためにやるがかっちゅう意味がはっきりわかって腑に落ちるまで、考えて考えて考え抜くことながよ。


その意味がしっかり腑に落ちた上で、磨き上げた技術力と体力を駆使してパフォーマンスを実践すりゃあ、そこにゃあ必ず心が込もるもんながやき。


芸事でも、スポーツでも、ビジネスでも、人生でも……意味をしっかり腑に落とさんまんまでパフォーマンスを実践してしまう人が少のうないきに、そこにあるがは肉体だけっちゅうことになってしまうがぜよ。


  
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2026年04月26日

幸せの言の葉<2042>

「今日っちゅう一日は、明日っちゅう日二日分の値打ちを持っちゅうがぜよ。」(ベンジャミン・フランクリン)


18世紀アメリカの政治家・物理学者・発明家で、アメリカ独立宣言起草者の1人として、アメリカ建国の父とも呼ばれた、ベンジャミン・フランクリン(1706〜1790)さんの言の葉ながやき。


今日っちゅう一日も、明日っちゅう一日も、おんなじ24時間やに、どういて今日っちゅう一日が、明日っちゅう日二日分の値打ちを持っちゅうがやろうか?


今日っちゅうんは、つまり「いま、ここ」やき、実際にいま行動しゆうっちゅうことながよ。


一方明日っちゅうんは、まだ来てない未来やき、あくまで全てが予定であり未定ながやき。


つまりかのフランクリンさんは、 「いまを生きる」っちゅうことが大切やと言いたいがよ。


今日できるこたぁ、明日に延ばさんと、いまここで即座にやろうっちゅうことながやき。


そうやって、日々「いまを生きる」っちゅう想いで行動しもって生活しよりゃあ、常におまさんの今日っちゅう一日は、明日っちゅう日二日分の値打ちを持つことになるがよ。


そりゃあつまり、おまさんの一生は、倍の値打ちを持つっちゅうことになるがぜよ!


  
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2026年04月25日

幸せの言の葉<2041>

「生活たぁ、つまり習慣の織物ぜよ。」(アンリ・フレデリック・アミエル)


スイスの哲学者・詩人・批評家、アンリ・フレデリック・アミエル(1821〜1881)さんの言の葉ながやき。


おまさんっちゅう1人の人間の生活の中にゃあ、仕事はもちろん、家事や雑務らあもあり、買い物や遊びらあもあり、食事や睡眠らあもあるはずながよ。


ほんで、考えてみりゃあそれらあのほとんど全てを、おまさんは何らかのカタチで習慣化しちゅうはずながやき。


織り機にセットされちゅうタテ糸が時間軸やとすりゃあ、ヨコ糸はおまさんが日々繰り返しゆう出来事、つまり習慣ながよ。


そんな習慣の中にゃあ、えい習慣もあるろうし、あんまりようない習慣もあることやろう。


ヨコ糸がえい習慣やったら、美しい色柄の織物になるろうし、ヨコ糸がようない習慣やったら、あんまり美しゅうない色柄の織物になるっちゅうことながやき。


さてほいたら、5年後、10年後、20年後……おまさんの人生っちゅう織物は、どんな色柄の織物に織り上げたいがぜよ?


  
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2026年04月19日

幸せの言の葉<2040>

「アタシゃあ生きちゅうことが好きながよ。時々、悲しみに苛まれ、こぢゃんと絶望的な気持ちになるけんど、その中でやち生きるこたぁ素晴らしいと知っちゅうがやき。」(アガサ・クリスティ)


イギリスの推理作家で、66冊の探偵小説と14冊の短編集で知られ、発表された小説はほとんど世界的ベストセラーとなって、「ミステリーの女王」と呼ばれた、アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ(1890〜1976)さんの言の葉ながよ。


この言の葉は、かの「ミステリーの女王」が語った、まさに人生を集約したような言の葉ながやき。


誰やち、長い人生の中じゃあ、悲しみに苛まれたり、絶望的な気持ちになったりすることがあるもんながよ。


そんな時にゃあ、このアガサ・クリスティさんの言の葉を思い出して、唱えてみることながやき。


「生きちゅうことが好き!生きるこたぁ素晴らしいと知っちゅう!」


どればあ悲しみに苛まれたち、どればあ絶望に打ちひしがれたち、生きるこたぁ素晴らしいっちゅうことを知っちょりさえすりゃあ、生きちゅうことが好きになれるがよ。


ほいたら、どればあのドン底に落ちちょったとしたち必ず、希望の光を見出だすことができるもんながやき。


「生きるこたぁ素晴らしいと知っちゅう」こたぁ、たったそれだっけで、実は現実に素晴らしい人生を生きるための、命綱になるがぜよ!


  
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2026年04月18日

幸せの言の葉<2039>

「量じゃあ断然見劣りしたち、いくども考えぬいた知識やったら、その価値ははるかに高いぜよ。」(ショーペンハウアー)


主著「意志と表象としての世界」で世界的に知られちゅうドイツの哲学者、アルトゥル・ショーペンハウアー(1788〜1860)さんの言の葉ながやき。


世の中にゃあ、圧倒的な読書量を誇る人や、圧倒的な知識量を誇る人っちゅうんが、おるもんながよ。


そういう人に出会やあ、何と自分の読書量は少ないことか、何と自分の知識量は貧弱なことかっちゅうて、自分を卑下してしもうたりするもんながやき。


けんど実は、そう悲観することもないがよ。


かのショーペンハウアーさんは、読書量や知識量じゃあ断然見劣りしたち、いくども考えぬいた知識の価値の方がはるかに高いっちゅうがやき。


つまり、ある狭い分野で、「コレについちゃあこの人に聞け!」っちゅうて言われるばあ、深い知識を獲得しちゅう人の持っちゅうもんの価値は、こぢゃんと高いっちゅうことながよ。


誰やち、こぢゃんと狭い分野やったら、自分がこぢゃんと興味を持っちょって、何度も何度も考えぬいたっちゅう知識を持っちゅうはずながやき。


そんな知識は、実はこぢゃんと価値が高いっちゅうことに、気づかにゃあいかんがよ。


まず気づかにゃあ、何の価値もないっちゅうことながやき。


けんど、その価値に気づきさえすりゃあ、あとはおまさんの持っちゅうその狭うて深い知識を、どうすりゃあ他人にとっても価値があるもんに変えることができるかを、徹底的に考えぬくことながよ。


それができりゃあ、世の中を変えるばあの、物スゴい価値を生むことになるかもしれんがぜよ!


  
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2026年04月12日

幸せの言の葉<2038>

「ワシらあは踏みなれた生活から放り出されりゃあ、もうダメや、と思うがやき。けんど、実際はそこに、ようやっと新しいえいもんが始まるがよ。生命のある間は幸福があるがぜよ。」(レフ・トルストイ)


帝政ロシアの小説家・思想家で、「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」らあの著作で有名な、19世紀ロシア文学を代表する文豪、レフ・トルストイ(1828〜1910)さんの言の葉ながやき。


ワシらあは、年をとりゃあとるばあ、踏みなれた安定した生活に慣れきってしもうちゅうもんながよ。


ほんじゃき、そんな慣れ親しんだ日々がある日突然失われてしもうて、そんな生活から放り出されてしもうたら、どうしたらえいか分からんなってしまうがやき。


つまり、あまりに当たり前にあった日々の生活が突然失われてしもうたら、ガックリ落ち込んでしもうて、もうダメやと思うてしまいがちながよ。


けんど、かの文豪トルストイさんは、実際はそこにこそ、ようやっと新しいえいもんが始まるがやっちゅうがやき。


確かにある程度年をとってから、慣れ親しんだ生活を棄てて、新しい生活に踏み出すがは、かなりの気力が必要になるし、相当にしんどいことながよ。


それでも、勇気を持って新しい生活に一歩踏み出しゃあ、そっからようやっとおまさんの新たな輝ける人生がスタートするっちゅうことながやき。


ホンマに新たな輝ける人生がスタートするがかよっちゅうて、疑問に思う人がおるかもしれんけんど、その疑問に対するトルストイさんの答えは……「生命のある間は幸福がある」っちゅう言の葉ながぜよ。


  
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2026年04月11日

幸せの言の葉<2037>

「問題が大きけりゃあ大きいばあ、チャンスも大きいがよ。大して問題やないもんを解決したち、誰っちゃあカネを払うちゃあくれんがぜよ。」(ビノッド・コースラ)


インド生まれのベンチャーキャピタリストで、米国サン・マイクロシステムズ社の共同設立者の一人であり、同社退社後も数々の企業の設立に携わっちゅう、ビノッド・コースラ(1955〜) さんの言の葉ながやき。


こぢゃんと大変な大問題が起きたとき、ワシらあはスッと「もうダメや!」とか、「これで終わった!」とかっちゅうて思うてしまいがちながよ。


けんど、かのビノッド・コースラさんは、「問題が大きけりゃあ大きいばあ、チャンスも大きい。」っちゅうがやき。


さらに、「大して問題やないもんを解決したち、誰っちゃあカネを払うちゃあくれん。」っちゅうがよ。


つまり、問題が大きけりゃあ大きいばあ、それを解決すりゃあ、誰もが多額のおカネを払うてくれるっちゅうことながやき。


そりゃあ、自分に起きた大問題に対して、その解決策を見つけ出すことができりゃあ、おんなじような大問題を抱えて困り果てちゅう多くの人々を救うことができるっちゅう意味ながよ。


ほいたら、これからは自分に大問題が起きたとき、「もうダメや!」と思うたらホンマにダメになるだっけながやき、そんときゃあ「こりゃあ大チャンスや!」と思わにゃあいかんっちゅうことながやき。


まずはそう思うことが一番大事で、そっから初めて何としたち解決策を見つけ出いちゃるっちゅうモチベーションが生まれ、ホンマに大問題を大チャンスに生まれ変わらせることやち、不可能やないなるっちゅうことながぜよ!


  
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2026年04月05日

幸せの言の葉<2036>

「人生において、もっとも堪えがたいこたぁ、世の経験を積んだ多くの人々の言によりゃあ、悪天候が続くことやのうて、雲一つない日が続くことながぜよ。」(カール・ヒルティ)


スイスの下院議員を務め、法学者・哲学者・著名な文筆家としても知られちょって、日本じゃあ「幸福論」や「眠られぬ夜のために」の著者として有名な、カール・ヒルティ(1833〜1909)さんの言の葉ながやき。


人生において、雲一つない日が延々と続くっちゅうんは、どういうことやろうか?


そりゃあつまり、嫌なこともツラいことも苦労も……悪いことが何ちゃあない日が、延々と続くっちゅうことながよ。


そりゃあ幸福な人生やいかと普通は思えそうなけんど、そういう人生がもっとも堪えがたいっちゅうんは、どういう意味やろうか?


そりゃあつまり、悪いことが何ちゃあない人生にゃあ、えいことも何ちゃあないっちゅうことになり、ただただ平坦な起伏のない人生が延々と続く人生やっちゅうことになるき、人間がもっとも堪えがたいがは、実はそういう人生やっちゅうことながやき。


人生にゃあ悪いことがあるきにこそ、えいことがより一層美しゅう輝くもんながよ。


悪天候があるきにこそ、それが去った後の翌日の空がこぢゃんと美しいがやき。


つまりある意味じゃあ、不幸があるきにこそ、幸福を幸福やと感じることができるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年04月04日

幸せの言の葉<2035>

「人を動かいて説得しょうとするもんは、まず己が感動し、己を説得せにゃあならんぜよ。」(トーマス・カーライル)


イギリスの大英帝国(ヴィクトリア朝)時代を代表する著述家・言論人・歴史家・評論家、トーマス・カーライル(1795〜1881)さんの言の葉ながよ。


誰か他人を、自分が考えちゅうとおりに動いてもらえるよう説得しょうとするとき、口先だっけで説得したち、まず思いどおりにゃあならんもんながやき。


人を動かしたいがやったら、まずは自分からながよ。


そう動いた方がえい理由に、まず自分自身が感動して、自分自身が心底納得しちょかにゃあいかんがやき。


そんな自分自身の感動と心底からの納得があってこそ、自分の言葉に本気度がこもり、そこにこそ他人やち動きとうなるような説得力が宿るっちゅうことながよ。


間違うたち、相手を思いどおりに動かそうらあて考えよっちゃあいかんがやき。


まずは、自分やちそう動きとうてたまらんなるばあの理由を発見し、自分自身が完全に説得されちょりさえすりゃあ、あとはそれを淡々と相手に伝えるだっけで、その相手やち放っちょいたちそう動きとうなるっちゅうことながぜよ!


  
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2026年03月29日

幸せの言の葉<2034>

「情熱は、何か自然なもんとして人間に備わっちゅうわけやないがやき。そりゃあ常に例外扱いされたり、厄介者扱いされたりするもんながぜよ。」(ヨハネス・ブラームス)


ドイツの作曲家・ピアニスト・指揮者で、バッハとベートーヴェンと共に、ドイツ音楽における「三大B」とも称される偉人、ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)さんの言の葉ながよ。


何事においたち、情熱を持って事に当たらにゃあいかんとかっちゅう言葉を、いろんなところでよう聞くがやき。


そういう言葉を語る人は、情熱は何か自然なもんとして人間に備わっちゅうと、おそらく思い込んじゅう人ながよ。


けんど実は、ブラームスさんの言うとおり、情熱っちゅうんは自然なもんとして人間に備わっちゅうわけやないっちゅうんが真実ながやき。


真の情熱っちゅうんは、自分の内面の深いところから溢れ出てくるようなアツい感情やき、他人から言われて何とかなるようなもんやないもんながよ。


要するに、自分が興味を持てるようなこと、自分の内面の深いところに刺さるようなことやなかったとしたら、ナンボ頑張ったとしたち、情熱は溢れ出てくるようなもんやないがやき。


ほんじゃき、逆にまったく誰っちゃあ興味を持たんような超マイナーな分野やったとしたち、それが自分の内面の深いところに刺さるようなことやったとしたら、情熱は放っちょいたち溢れ出してくるもんながよ。


そういう場合は、ブラームスさんの言うとおり、周りから例外扱いされたり、厄介者扱いされたりするもんながやき。


けんど、そこであきらめたり、自身の情熱から目を背けたりしちゃあいかんがよ。


例外扱いされようが、厄介者扱いされようが、自身の情熱に忠実に生ききった人々が、後の世で偉人として名を残しちゅうっちゅうことながぜよ。


  
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2026年03月28日

幸せの言の葉<2033>

「山やち学問やち何事によらんと前人未到の領域へ分け入ることに生き甲斐を感ずるがぜよ。」(今西錦司)


生態学者・文化人類学者であり、登山家としても知られちゅう、京都大学名誉教授・岐阜大学名誉教授の理学博士、今西 錦司(1902〜1992)さんの言の葉ながやき。


今西さんは、日本の霊長類研究の創始者としても有名ながよ。


つまり、日本における霊長類研究の前人未到の領域に、初めて分け入った研究者ながやき。


さらに今西さんは、登山家としても有名やき、当然山登りやち、前人未到の領域に分け入ることに生き甲斐を感じるっちゅうことながよ。


けんどこりゃあ、今西さんほどやなかったとしたち、前人未到っちゅうばあ大袈裟なことやなかったとしたち、誰にやち感じることができる感覚やと、ワシゃあ思うがやき。


たとえば、まだ誰っちゃあ気づいてなかった盲点みたいな切り口やとか、まだ誰っちゃあ指摘できんかった死角みたいなアプローチやとか……そういうレベルやったら、誰やちいっぺんばあは気づいたことがあるはずながよ。


ほんで、そういうことに気づいた瞬間に、こぢゃんと気持ちえいっちゅう感覚を味おうたことがあったはずながやき。


その感覚こそが、今西さんの言う「前人未到の領域へ分け入ることに生き甲斐を感ずる」っちゅう言の葉の意味ながよ。


つまり、歴史に名を残すような偉人やのうて、市井のいち市民やったとしたち、誰にやち、ちんまい領域やったら「前人未到の領域へ分け入ること」ができ、そこに生き甲斐を感じることができるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年03月22日

幸せの言の葉<2032>

「神はお急ぎにならんぜよ。」(アントニ・ガウディ)


世界的に有名な20世紀を代表するスペインの建築家で、グエル公園やカサ・ミラやサグラダ・ファミリアらあの建築に携わり、その芸術性の高さと視点の斬新さから「不世出の天才建築家」とも呼ばれた、アントニ・ガウディ(1852〜1926)さんの言の葉ながやき。


今年2026年は、ガウディさんの没後100年にあたるっちゅうことで、サグラダ・ファミリアの最も高い「イエスの塔」を含む中心部分の完成を目指しちゅうらしいがよ。


けんど全体の完成はまだまだで、最終完成は2034年頃になる見込みやっちゅうがやき。


サグラダ・ファミリアは1882年着工やき、そっから144年経った現在も、まだつくり続けられゆうっちゅうことながよ。


そんなサグラダ・ファミリアの完成時期を聞かれたとき、ガウディさんがいっつも答えよった言葉が、この言の葉ながやき。


ガウディさんが目指したがは、自身の代で完成させることよりか、未来の建築家らあが創意工夫を凝らし、時代ごとに人々の信仰と技術で創り上げられる「生き続ける教会」であり、そりゃあ「未完っちゅう完成」ともいえるがよ。


この「未完っちゅう完成」こそ、「神はお急ぎにならん」っちゅう言の葉の本意ながやないろうか?


考えてみりゃあ、誰やちみんなあ、どればあ頑張ったちせいぜい100年ばあしか生きちょれんがやき、ワシらあが掲げた夢や目標は、自分の代だっけじゃあ成し遂げるこたぁ難しいかもしれんがやき。


けんど、その掲げた夢や目標に共感し、跡を継いでくれる人が現れりゃあ、いつしかその夢や目標は達成される可能性があるがよ。


つまり、ワシらあ一人ひとりの夢や目標やち、「未完っちゅう完成」やっちゅうことながぜよ。


  
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2026年03月21日

幸せの言の葉<2031>

「明るい性格は、財産よりかまっと尊いもんながやき。困ったことやち笑いでふっ飛ばそうぜよ。」(アンドリュー・カーネギー)


スコットランド生まれのアメリカの実業家で、全米の鉄鋼生産の約25%を支配して「鉄鋼王」と呼ばれた、アンドリュー・カーネギー(1835〜1919)さんの言の葉ながよ。


「貧すれば鈍する」っちゅう言葉があるとおり、お金がのうて生活が貧しゅうなりゃあ、心や精神の働きまで愚鈍になって、卑屈な行動や卑劣な行動を起こしやすうなるもんながやき。


もともとはこぢゃんと明るい性格やったとしたち、貧してしまやあ暗うて卑しい性格に変わってしまいがちながよ。


ほいたら、たとえ貧したとしたち、明るい性格を維持できるっちゅう人は、それだっけで稀有であり、貴重な人間やっちゅうことながやき。


つまり、カーネギーさんの言う「明るい性格」たぁ、「たとえ貧したち明るさを維持できる性格」っちゅう意味ながよ。


困ったことがあったち、たとえ貧したとしたち、それを笑いでふっ飛ばせるばあの明るさを維持できるような性格やったら、そりゃあ間違いのう財産よりかまっと尊いもんながぜよ!


  
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2026年03月20日

幸せの言の葉<2030>

「自分のためだけに生きるよりか、他の人のためっちゅうことがあるときに、より幸福なもんながよ。」(パール・バック)


米国生まれの女流作家で、代表作「大地」(1931)でピューリッツァー賞を受賞し、1938年に米国の女性作家としちゃあ初めてノーベル文学賞を受賞した、パール・サイデンストリッカー・バック(1892〜1973)さんの言の葉ながやき。


幸せになりたいと切に願いもって何でか幸せになれん人も、成功したいと切に願いもって何でか成功できん人も、そうなれん理由は大抵、自分のためだっけにしか生きてないっちゅうことながよ。


「自分が幸せになりたい!」やのうて、 「他の人を幸せにしちゃりたい!」っちゅうて考えて行動することで初めて、ホンマモンの大きな幸福が手に入るがやき。


「自分が成功したい!」やのうて、「より多くの人が幸せになれる世の中づくりに貢献したい!」っちゅうて考えて行動することで初めて、ホンマモンの大きな成功が手に入るがよ。


自分のことばっかし考えて、自分のためだっけに生きるらあて、そんなちんまい考え方らあ放り投げて、まっと雄大に生きてみとうはないかよ?


ほいたら、「他の人のために」とか、「世の中のために」とか、 まっと気宇壮大な考え方に変えて行動してみろうや。


ほいたら、より大きなホンマモンの幸福も、手に入る確率がアップするし、より大きなホンマモンの成功も、手に入る確率がアップするっちゅうことながぜよ!


  
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2026年03月15日

幸せの言の葉<2029>

「負けるが勝ちっちゅうこともあり、負けたところで別に大したこともないがぜよ。」(松永安左エ門)


明治末期から昭和にかけて、長うに日本の電力業界において活動した実業家、九州水力電気・東邦電力の創業者であり、「電力の鬼」と謳われた、松永安左エ門(1875〜1971)さんの言の葉ながやき。


松永さんは、慶應義塾大学で学んだ後、石炭商として働いたがやけんど、持ち株が暴落して一文無しになったり、さらに自宅が全焼するっちゅう憂き目に遭うたりするがやけんど、35歳で電気事業と出合うて人生が急展開することになったっちゅうがよ。


そんなジェットコースターのような人生を送った、松永さんらしい言の葉ながやき。


たとえ現時点で負けたように見えたとしたち、その負けが別のところでの勝ちに結びつくことやちあるっちゅうことながよ。


その逆もしかりで、つまり現時点での「負け」も「勝ち」も、長い人生の中じゃあホンマの敗者ながか、ホンマの勝者ながかは、まだ決まってないっちゅうことながやき。


ちなみに、かのゴッホさんやち37歳で亡くなる前に売れた絵は1枚だっけやと言われちゅうき、ちゅうこたぁゴッホさん自身は亡くなる時にゃあ「負け」の人生やと思うちゅう可能性が高いがよ。


ゴッホさんみたいに、死後にその価値が認められ、「負け」が「勝ち」に逆転することやちあるっちゅうことながやき。


結局のところ、何が「負け」で何が「勝ち」からあて、最後の最後まで分からんっちゅうことながよ。


ほいたら確かに、松永さんの言の葉のとおり、いま「負けたところで別に大したこともない」っちゅうことになるがぜよ。


  
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2026年03月14日

幸せの言の葉<2028>

「おまさんはそこにおる、おまさんは生きちゅう、ほんで目を開きゃあまた新しい1日がここにあるがよ。」(アガサ・クリスティ)


イギリスの推理作家で、66冊の探偵小説と14冊の短編集で知られ、発表された小説はほとんど世界的ベストセラーとなって、「ミステリーの女王」と呼ばれた、アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ(1890〜1976)さんの言の葉ながやき。


長い人生にゃあ誰にやち、とんでもない失敗があったり、思い出しとうもない不始末があったり、立ち直れんばあの挫折があったり……するもんながよ。


そんな不遇の時期に、このアガサ・クリスティさんの言の葉を噛みしめりゃあ、一筋の明るい希望の光が射し込んでくるかのようながやき。


おまさんはまだ、そこにおるろうがよ。


おまさんはまだ、生きちゅうろうがよ。


目を開きゃあ、また新しい1日がここにあるろうがよ。


たとえ昨日までがどればあツラいことだらけやったとしたち、一晩眠って目を開きゃあ、まっさらな新しい1日が目の前に開けちゅうがやき。


確かに昨日までのツラい現実がないなるわけじゃあないけんど、目の前に開けちゅう新しいまっさらな1日も、確かな現実ながよ。


ほいたら、昨日までのツラい現実を引きずることのう、新しいまっさらな気持ちで1日をスタートするこたぁ、決して不可能なことやないはずながやき。


アガサ・クリスティさんのこの言の葉は、いつからやち、どんな状況にあったとしたち、新しいまっさらな気持ちでスタートするこたぁできるがやと、ワシらあに教えてくれるがぜよ。


  
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2026年03月08日

幸せの言の葉<2027>

「ワシゃあ、この世で何らかのことを成し遂げるっちゅう運命を信じちゅうがぜよ。」(ウィンストン・チャーチル)


イギリスの政治家・陸軍軍人・作家で、第61・63代首相を務め、「ヒトラーから世界を救った男」と呼ばれた、サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル(1874〜1965)さんの言の葉ながやき。


「不屈の宰相」と呼ばれてスピーチ力にも定評があった、いかにもチャーチルさんらしい、自信に満ちあふれた言の葉ながよ。


けんど、実はチャーチルさんは学生時代、ラテン語が苦手で勉強につまずいて、完全な劣等生やったっちゅうがやき。


実はこの言の葉は、チャーチルさんがそんな劣等生の学生時代に語ったもんやっちゅうがよ。


つまり、どればあの劣等生やったとしたち、歴史に名を残すような偉大な人物になるこたぁできるっちゅうことながやき。


ほいたら、どういたら劣等生が偉人になることができるがか?


そのためにゃあまず、自分はこの世で何らかのことを成し遂げるために生まれてきたっちゅうことを、しっかり自覚することながよ。


次に、ほいたら何を成し遂げるために生まれてきたがかを、日々常に考え続けて、それを見出だすことながやき。


さらに、見出だしたそれを成し遂げるために、日々常に努力し続けることながよ。


その上でいま一度、自分はこの世で何らかのことを成し遂げるっちゅう運命やっちゅうことを、心の底から信じきることながやき。


そこまでできりゃあ、たとえ劣等生やち落ちこぼれやち、歴史に名を残すような偉人に生まれ変わることができるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年03月07日

幸せの言の葉<2026>

「ワシゃあ自分が何もんかよう知っちゅうきに、いちいち態度や様子を変えるがに心を使わいじゃちえいがぜよ。」(ジョン・F・ケネディ)


アメリカ合衆国の第35代大統領、かのジョン・F・ケネディ(1917〜1963)さんの言の葉ながやき。


ケネディさんは、大統領選挙じゃあアメリカ史上初のテレビ討論で国民に好印象を与え、実績のあるニクソン副大統領を僅差でかわして勝利して、史上最年少の43歳で大統領に就任しちゅうがよ。


そん時、選挙に勝った理由として語ったがが、この言の葉ながやき。


つまり、史上初のテレビ討論で有力候補に勝つことができたがは、常に態度や様子が変わらんかったき、一貫性がある堂々とした人物やと、視聴者にしっかり伝わったからやっちゅうことながよ。


人前で何かを語るとき、なんぼ口ではえいことばっかし語りまくったとしたち、その態度や様子から、「この人は一貫性があるかどうか」についちゃあ、聴講者は何とのう雰囲気で見抜いてしまうもんながやき。


ほいたら、どういたら一貫性がある人やと、相手に伝わるがか?


それをかのケネディさんは、「自分が何もんかよう知っちゅう」からやっちゅうがよ。


自分が何のために生まれてきて、いま何を一番大切にして、これから何を成すべきかっちゅうことをしっかりと把握できちゅうきに、常にどんな場合にやち軸がぶれん……つまり「いちいち態度や様子を変えるがに心を使わいじゃちえい」っちゅうことながぜよ。


  
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2026年03月01日

幸せの言の葉<2025>

「嫌じゃと思うたら、嫌じゃないなるまで徹底的に直すがぜよ。どればあ細かいことじゃち。」(黒澤明)


1943年「姿三四郎」で監督デビューし、1950年の「羅生門」でベネチア国際映画祭金獅子賞、第24回アカデミー賞特別賞(最優秀外国語映画賞)を受賞、「世界のクロサワ」と呼ばれる日本を代表する監督のひとりとなった、映画監督の黒澤明(1910〜1998)さんの言の葉ながやき。


「神は細部に宿る」っちゅう有名な言葉があるがよ。


こりゃあ、細部へのこだわりや丁寧なつくり込みこそが、作品や仕事全体の完成度と真の価値を決定するっちゅう信念を表す言葉やと、一般的にゃあ思われちゅうがやき。


けんど、この言葉にゃあ注意が必要ながよ。


細部にこだわるこたぁあくまで「手段」で、目的を見失うて枝葉末節に固執する「重箱の隅をつつく」ようなことたぁ、区別する必要があるがやき。


ビジネスについていやあ、リソースは有限やき、全体設計と細部のバランスを取り、本質に関わる細部へ集中的にコストをかけるべきやっちゅうことながよ。


細部にこだわるっちゅうんは、まっと大きい大事な部分がちゃんと良う出来上がっちゅうからこそ、意味があるがやき。


時間は有限ながやき、その時間をどこに優先的に使うべきかっちゅうたら、そりゃあ枝葉末節やのうて、重要な根幹の部分やっちゅうんは、当たり前のことながよ。


結局、ホンマもんの「神は細部に宿る」っちゅうんは、あくまでその制作過程に間違いがのうて、しっかり積み上げてきた上での仕上げとしての細部であり、根幹の部分から一貫してこだわり抜いた上での細部やからこそ、神が宿るがやっちゅうことながやき。


かの黒澤明監督さんのこの言の葉も、根幹がしっかりしちゅう黒澤監督さんやからこそ、いえる言葉やっちゅうことながよ。


つまり神様は、細部だっけを見ゆうわけやない、全部見ゆうっちゅうことながぜよ!


  
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2026年02月28日

幸せの言の葉<2024>

「ワシらあは、他人がワシらあを必要とする以上に他人を必要としちゅうがぜよ。」(アルベール・カミュ)


フランスの小説家、劇作家、哲学者、随筆家、記者、評論家で、1957年にノーベル文学賞も受賞しちゅう、アルベール・カミュ(1913〜1960)さんの言の葉ながやき。


誰かに必要とされたら、誰やちこぢゃんと嬉しいもんながよ。


「このプロジェクトにゃあおまさんが絶対に必要なんじゃ!」らあて本気で訴えられたりすりゃあ、こぢゃんとモチベーションがアップし、そのプロジェクトに一層真剣に取り組むようになるもんながやき。


ほいたらおまさんも、おまさんがいま最も必要としちゅう誰かに対して、「おまさんが絶対に必要なんじゃ!」っちゅうて、しっかりと本気で伝えるべきやっちゅうことながよ。


そんなこと、わざわざ言わいじゃち相手は分かってくれちゅうらあて、思いよっちゃあいかんがやき。


おまさんが誰かに「おまさんが必要じゃ!」っちゅうて言われたら、こぢゃんと嬉しゅうてモチベーションがアップするがとおんなじように、おまさんが必要としちゅう人やち、おまさんからそういう言葉を真剣に伝えられりゃあ、こぢゃんと嬉しいはずやし、モチベーションも一層アップするはずやっちゅうことながよ。


お互いが必要としちゅう人に対して、お互いが「おまさんが必要じゃ!」っちゅう言葉を、本気で伝えられるような関係になれりゃあ、物事は何じゃち一層うまいこと回っていくようになるっちゅうことながぜよ!


  
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2026年02月23日

幸せの言の葉<2023>

「他の人と違うように作るがやのうて、他の人よりかまっと単純に作るがぜよ。」(クロード・ドビュッシー)


長音階・短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれん自由な和声法らあを用いて作曲し、その伝統から外れた音階と和声の用い方から、19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も影響力を持った作曲家の一人といわれるフランスの作曲家、クロード・アシル・ドビュッシー(1862〜1918)さんの言の葉ながやき。


現代社会は、世の中が変動しまくって不確実性が増し、複雑化して曖昧になりよって、「VUCA(ブーカ)」の時代らあて言われゆうがよ。


ちなみに「VUCA」たぁ、「V=Volatility:変動性」「U=Uncertainty:不確実性」「C=Complexity:複雑性」「A=Ambiguity:曖昧性」の頭文字でできた造語で、一言でいやあ「先行きが不透明で将来の予想が困難な状態」を意味しちゅうがやき。


そんな時代なもんやき、あらゆる分野で何もかもがどんどん複雑になっていきゆうがよ。


ほんじゃき、あらゆる分野で複雑なもんがヒットし、ライバルはそれとの違いを際立たせて差別化するために、さらに別のところを複雑にするっちゅう方向に進むもんやき、さらに複雑化に拍車がかかるっちゅうことになるがやき。


ところが、そんな複雑化が行きつくところまで行ってしまやあ、今度は単純化した方がヒットしたりするようになるがよ。


最近の「一芸家電」のヒットらあも、まさに家電の複雑化が行きつくところまで行ってしもうたき、単純化した「一芸家電」がヒットしだいたっちゅうことながやき。


つまり、どんな分野やち複雑化が行きつくところまで行ってしもうたら、もはや複雑化やない、差別化やない、単純化やっちゅうことながよ。


さて、日本酒業界も、米がどうじゃ麹が何じゃ、酵母がどうの造りがどういた、搾りが何ちゃら貯蔵がかんちゃら……ちゅう具合に、どんどん複雑化していきゆうがやき。


ほいたらボチボチ、こぢゃんとシンプルで単純な、ただ「司牡丹」っちゅう銘柄だっけの日本酒が、ヒットするような時代が来るがかもしれんっちゅうことながぜよ。


  
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2026年02月22日

幸せの言の葉<2022>

「事を遂げるもんは愚直でなけりゃあならん。才走っちゃあうまいこといかんぜよ。」(勝海舟)


激動の幕末期に活躍した幕臣の武士で政治家であり、土佐の英雄・坂本龍馬さんの師匠とも言われる、勝海舟(1823〜1899)さんの言の葉ながやき。


歴史に名を残すような事を成し遂げることができる人っちゅうんは、才能あふれるような人ばっかしやと、一般的にゃあ思われちゅうようながよ。


けんど、かの勝海舟さんはそうやないっちゅうがやき。


才走っちゃあうまいこといかんっちゅうがよ。


ちなみに「才走る」たぁ、嫌みなばあ才気にあふれちょって、才能が働きすぎて、かえって鼻につくっちゅうような、ややマイナスのニュアンスを含む言葉になるがやき。


つまり、才能があるっちゅうんは素晴らしいことやけんど、往々にして才能がある人はその才に寄りかかってしもうて、現場の泥臭い努力らあを軽視しがちやき、人望がまったくなかったりするがよ。


ほんじゃき、周りの人らあが誰っちゃあ手伝うたり助けたりしてくれんもんやき、最終的にゃあ事を成し遂げることができんっちゅうことながやき。


ほいたら、最終的に事を成し遂げることができる人っちゅうんはどんな人かっちゅうたら、勝海舟さんは「愚直でなけりゃあならん」っちゅうて、断言するがよ。


ちなみに「愚直」たぁ、周囲からは愚かに見えるばあ正直で、要領よう立ち回ることができいで、ひたむきに信念や行動を貫くような姿勢のことながやき。


一般的にゃあ、不器用やけんど実直・誠実やっちゅう肯定的なニュアンスで使われることが多い言葉ながよ。


つまり、不器用で要領よう立ち回ることができん愚直な人っちゅうんは、短期的にゃあうまいこといかん場合が多いかもしれんけんど、往々にして愚直な人のひたむきにコツコツ積み上げるように努力するその姿が、周りの人らあの心を動かいて、人望を集めることができるがやき。


ほんじゃき、いつしか周りの人らあが手伝うたり助けたりしてくれるようになるもんやき、最終的にゃあ事を成し遂げることができるっちゅうことながよ。


才能があろうが、なかろうが、愚直にひたむきにコツコツ積み上げるように努力しよりゃあ、いつしか事を成し遂げることができるっちゅうことになるがぜよ。


  
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2026年02月21日

幸せの言の葉<2021>

「他人をつかまえて、おまさんの考えは夢の中でしか通用せんとか、反論にも値せんらあて断言したりせんと、また他人を空想好きの甘ったれと看做したりはせん人が、1人やち身近におってくれるっちゅう、たったそれだけの事実が、その人間の取り巻くあらゆるもんの様相を一変させるがやき。」(ナイチンゲール)


イギリスの看護婦・社会起業家・統計学者・看護教育学者で、「近代医療統計学および看護統計学の始祖」、ならびに「近代看護教育の母」と呼ばれる、フローレンス・ナイチンゲール(1820〜1910)さんの言の葉ながよ。


かのナイチンゲールさんが看護師を志したがは24歳のときやったらしいがやけんど、それが実現したがは33歳のときやったっちゅうがやき。


何でかっちゅうたら、ナイチンゲールさんの家はイギリスの富豪やって、彼女の両親にとっちゃあ職業を持つこと自体が理解できんかったし、ましてや看護師らあて問題外やったき、両親に猛反対されたきながよ。


悩んだナイチンゲールさんはノイローゼになってしまうがやけんど、たった1人、自分の夢を支持してくれた友人セリナさんの存在が心の拠り所になって、夢を実現させることができたっちゅうがやき。


つまり、どればあ周り中から強烈に反対されたり猛烈に批判されたりしたとしたち、自分のことを分かってくれるっちゅう人が隣にたった1人おるだっけで、この世界はガラリと一変するっちゅうことながよ。


さて、ほいたら……どればあ周りから反対されたち絶対に実現したいっちゅう、おまさんの夢は何ぜよ?


また、たとえ周りの人らあ全員が敵にまわったとしたち、絶対におまさんの味方になってくれるような、そんな友がおまさんにゃあおるかよ?


この「夢」と「友」さえありゃあ、おまさんは世界を一変させることができるばあの、物凄いパワーを持っちゅうっちゅうことになるがぜよ!


  
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2026年02月15日

幸せの言の葉<2020>

「精神を凌駕できるがは習慣っちゅう怪物だけながぜよ。」(三島由紀夫)


戦後日本の文学界を代表する作家の一人であると同時に、ノーベル文学賞候補になるらあ、日本語の枠を超えて国外においたち広うに認められた作家で、「Esquire」誌の「世界の百人」に選ばれた最初の日本人でもある、小説家・劇作家・随筆家・評論家・政治活動家の、三島由紀夫(1925〜1970)さんの言の葉ながやき。


世に云う歴史に名を連ねるような偉人っちゅうたら、常人やないばあの精神力の持ち主だらけやと、一般的にゃあ思われちゅうがよ。


中でも三島由紀夫さんっちゅうたら、そりゃあハンパないばあの精神力の持ち主のように、おそらくは思われちゅうはずながやき。


そんな三島由紀夫さんが、精神を凌駕できるがは習慣だけやっちゅうがよ。


さらに、習慣を「怪物」とまで表現しちゅうがやき。


そりゃあつまり、どればあ凄い精神力を持っちゅう人間やったとしたち、「習慣」っちゅうもんの秘めちゅう強烈なパワーの前じゃあ、赤子同然やっちゅうことを意味しちゅうがよ。


卑近な例をあげりゃあ、ダイエットをしょうとジムに通うことを決めたとして、精神力で頑張る人は、強い決意で毎日1時間ばあジムに通うと決心して頑張るがやけんど、結局急な仕事が入ったとか何やらかんやらがあり、さらに精神的な疲労が溜まってきて精神力が限界に達し、だいたい1ヶ月ばあでジム通いをやめてしまうっちゅう、そんなパターンに陥ることになるがやき。


一方、習慣の力を使う人は、最初のハードルは思いっきり下げて、まずは「ジムに行く」っちゅうことを習慣化することだっけを目標にして、疲れちょったら運動は5分で切り上げるとか、場合によっちゃあ何ちゃあ運動せんまんまで帰るとかっちゅうことやちOKにしちょくがよ。


結果として、ジム通いとダイエットに成功するがは、後者やっちゅうことになるがやき。


こりゃあ何でかっちゅうたら、精神力っちゅうんは筋肉とおんなじで、ナンボ強うたちそりゃあ有限な資源やき、使いすぎりゃあ疲労もするし、枯渇もするもんやきながよ。


一方、習慣っちゅうんは、自動化された脳の行動パターンであり、精神的なエネルギーを必要とせんき、努力なしで継続することができるもんやきながよ。


結論としちゃあ、精神力っちゅうんは、最初に何かを変える時にゃあ確かに必要やけんど、それを維持するがは精神力やのうて習慣やき、「強い意志を持とうとする」がやのうて、「意志がのうたち自動的に動いてしまう仕組み」(=習慣)をつくった人が、最終的にゃあ勝つっちゅうんが、科学的にも正しい答えながやき。


ほんじゃき、かの三島由紀夫さんは、精神を凌駕できるがは習慣だけやと断じて、そんな習慣を怪物と呼ぶがぜよ。


  
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2026年02月14日

幸せの言の葉<2019>

「なるほど、知性の声は弱々しいがよ。けんど、この知性の声は、聞き入れらるまではつぶやきを止めんがじゃき、しかも、何度か黙殺されたあと、結局は聞き入れられるがぜよ。」(ジークムント・フロイト)


オーストリア出身の精神科医で、「無意識」を初めて扱うて、精神分析学の創始者とされる、ジークムント・フロイト(1856〜1939)さんの言の葉ながやき。


かのフロイトさんが、人間の無意識に着目した精神分析学っちゅう、当時の常識を破る学説を唱えた際、医学界からは猛反発を受けたっちゅうがよ。


フロイトさんが「夢判断」らあの理論を発表したがは1900年で、国際的に認められるきっかけになった第1回国際精神分析学会が開催されたがは1908年やって、「精神分析入門」らあが発表された1917年頃になってやっと、心理学だけやのうて広う人文系の学問にまで大きな影響を与えるようになったっちゅうがやき。


つまり、かの天才フロイトさんやち、認められるまでにゃあ10年以上かかっちゅうっちゅうことながよ。


ほんじゃき、もしおまさんがこれまでの常識を破るばあの新たなやり方で、何かに挑戦しょうと考えちゅうがやったら、周囲から大きな反発を受けるがを覚悟せにゃあいかんっちゅうことながやき。


けんど、たとえそんな大きな反発が噴出したとしたち、弱々しゅうはあっても、おまさんの心の底から湧き出してくるつぶやきが止まらんがやったら、そりゃあそのつぶやきを信じて賭けてみる価値はあるがよ。


おまさんが、おまさん自身の心の底からのつぶやきを信じられるかぎり、たとえ時代に黙殺されたとしたち、認められるときは必ずくるはずながぜよ。


  
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2026年02月11日

幸せの言の葉<2018>

「ルールはないけんど、ヒントはあるぜよ。」(チャールズ・ブコウスキー)


代表作である「町でいちばんの美女」「くそったれ!少年時代」らあが、世界中でカルト的人気を誇り、20世紀後期アメリカ文学界の異端児と呼ばれる、アメリカの作家であり詩人、ヘンリー・チャールズ・ブコウスキー(1920〜1994)さんの言の葉ながやき。


ブコウスキーさんは幼い頃から、失業状態やった父親から虐待を受けよって、ひたすら暗い劣等感まみれの青春時代やったっちゅうがよ。


大学を中退した後は、アメリカ各地を放浪し、肉体労働をしもって安ホテルで散文詩を書き続け、その後は郵便局に勤めもって多くの短編を執筆し、ようやく専業作家としてデビューしたがは、50歳の時やったっちゅうがやき。


そんなブコウスキーさんのこの言の葉は、何を意味しちゅうがやろうか?


そりゃあまず、リアルな人生にゃあ残念ながらルールらあてないき、何でもありっちゅうんが真実やっちゅうことながよ。


スポーツにやち、学校にやち、企業にやち、ビジネスにやち、社会にやち……何にやち建前としちゃあ一応はルールがあるがやき。


けんど、実はリアルな人生にゃあ、ルールらあ完全無視の理不尽なことや絶望的なことが、往々にして起きるもんながよ。


ほんじゃきブコウスキーさんは、人生にゃあ「ルールはない」っちゅうがやき。


ほいたら、リアルな人生にゃあ救いらあてないがかっちゅうたら、そんなこたぁないがよ。


ブコウスキーさんは、「ルールはないけんど、ヒントはある」っちゅうがやき。


自身のひたすら暗い青春時代を振り返った作品、「くそったれ!少年時代」が書かれたがは、ブコウスキーさんが62歳の時やったっちゅうがよ。


つまり、どればあ理不尽なことがあったち、どればあ絶望的な状況があったとしたち、そんな中にも人生を輝かせるための何らかのヒントは、必ずあるっちゅうことながぜよ!


  
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2026年02月08日

幸せの言の葉<2017>

「人がワシのことを何と言うたちかまわんがよ。ワシゃあ歴史を作るがに忙しいがぜよ。」(テッド・ターナー)


米国のメディア業界人、実業家であり、CNNの創業者として有名で、国際連合らあの国際機関に多額の寄付をしゆうことでも知られちゅう、テッド・ターナー(1938〜)さんの言の葉ながやき。


周りや他人らあから、悪口を言われたり批判されたりすりゃあ、そりゃあ誰やち落ち込んだりするもんながよ。


けんど、かのテッド・ターナーさんは、自分のことを人が何と言うたちかまんっちゅうがやき。


何でそこまで言い切ることができるがかっちゅうたら、他人や周りの評価らあて気にしゆうヒマらあないっちゅうことながよ。


何で他人の評価らあ気にしゆうヒマがないかっちゅうたら、そりゃあ歴史を作るがに忙しいきやっちゅうがやき。


自分がやりゆう仕事らあを、「歴史を作る」行為やっちゅうて大きゅうに捉えりゃあ、確かにそりゃあ他人の悪口や批判っちゅうようなチンマイことらあて、気にしゆうヒマらあないなるはずながよ。


ワシの仕事でいやあ、「土佐の伝統文化の歴史を作る」行為であり、さらに「日本酒の歴史を作る」行為やっちゅうことになるがやき。


そんなふうに、自分の行為を大きゅうに捉えてみりゃあ、他人の批判らあてまったく気にならんなってくるもんながよ。


さぁおまさんは、おまさんの仕事を、どんな「歴史を作る」行為やっちゅうて捉え直すぜよ?


  
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2026年02月07日

幸せの言の葉<2016>

「現在は過去と未来との間に画した一線ながよ。その線の上に生活がなけりゃあ、生活はどこっちゃあにないがぜよ。」(森鷗外)


明治・大正期の小説家であり、評論家・翻訳家・教育者・陸軍軍医・官僚であり、医学博士且つ文学博士でもある、森鷗外(1862〜1922)さんの言の葉ながやき。


生活っちゅうもんは、忙しい時らあにゃあ蔑ろにされがちやけんど、日々の生活っちゅう基盤がなけりゃあ、その基盤があってこそその上に成り立つ、仕事も何もあったもんやないがよ。


またリアルな生活っちゅうもんは、過去にも未来にものうて、現在にしか存在せんがやき。


つまり、いまは忙しいきっちゅうて、生活を蔑ろにしちょいて、後で取り戻そうらあて考えよっちゃあいかんっちゅうことながよ。


リアルな生活は現在にしか存在せんがやき、いま失うてしもうた生活は、後で取り戻すことらあてできんがやき。


ほいたら、なんぼ忙しいっちゅうたち、食べる・寝る・住まう・炊事・洗濯・掃除・家族と語り合う・趣味を楽しむ……ちゅうような、リアルな日々の生活を蔑ろにしちゃあいかん、それらあが如何に大切なもんながかを、しっかりと理解できるはずながよ。


こんなことを書きもって実はワシも、仕事ばっかし優先して生活を蔑ろにしがちやき、この言の葉はこぢゃんと耳が痛いがやき。


けんど今後は……否、たったいま現在から、ほんのチビッとでもリアルな日々の生活を大切にしていきたいっちゅうて、そう考えちゅうがぜよ。


  
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2026年02月01日

幸せの言の葉<2015>

「ワシにもできるがやき、おまさんにもできるぜよ。」(手塚治虫)


戦後日本における、ストーリー漫画の第一人者として、また漫画表現の開拓者的な存在として活躍し、「漫画の神様」と呼ばれた偉大な漫画家、手塚治虫(1928〜1989)さんの言の葉ながやき。


手塚治虫さんが、連載漫画を同時期に何本も抱えて、膨大な仕事量をこなしよった際、驚愕しゆうアシスタントらあに語ったがが、この言の葉やっちゅうがよ。


自分で限界をつくってしもうて、「これ以上はできん」っちゅうて思うてしもうたら、ホンマにその人の限界はそこになってしまうもんながやき。


けんど実は、ほとんどの場合、その人のホンマの限界は、まっとまっと上の方にあるもんながよ。


ほんじゃき、まあいっぺんこれを信じて、自分が限界やと思い込んじゅうあたりを超える仕事に、チャレンジしてみることながやき。


いっぺんチャレンジしてみりゃあ、最初は大変かもしれんけんど、やり遂げた後はこぢゃんと充実感が生まれるろうし、そん時におまさんの限界のバーは、もう一段高いもんになっちゅうはずながよ。


人間っちゅうんは、こうやってちょびっとずつ限界のバーを上げもって、キャパシティを大きゅうしもって、ちょびっとずつ成長していくもんながやき。


手塚治虫さんほどのレベルにたどりつくこたぁ、なかなか難しいかもしれんけんど、ちょびっとずつその域に近づいていくこたぁ、誰にやちできるっちゅうことながぜよ。


  
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2026年01月31日

幸せの言の葉<2014>

「『まっとうまいことできる人がおる』がワシのモットーながぜよ。」(ポール・オーファラ)


「多動性難読症」で小学校を8回転校、4校で放校処分となりもって、家族や友人らあの支えでカリフォルニア州立大学に入学し、在学中に3坪のコピー店、キンコーズ1号店を開店して、その後業務をビジネス・ソリューション全般に広げ、世界中に1200店を展開する大企業に育てあげた(現フェデックスキンコーズ)、ポール・オーファラ(1947〜)さんの言の葉ながやき。


オーファラさんは、そんな障害を持った経営者やったきにこそ、できるだけ周囲に仕事を任せる経営スタイルをとったっちゅうことながよ。


経営者っちゅうんは、どういたち「社員に任せるよりか自分がやった方が速い」っちゅうて考えてしまいがちながやき。


そりゃあ短期的に見りゃあ、確かに経営者自身がやった方が速いかもしれんけんど、実は長期的に見りゃあ、それじゃあいつまで経ったち社員が育たんし、自分の頭で考えようとせん指示待ち人間だらけになってしまうことになり、そうなりゃあ会社の発展も阻害されることになるがよ。


ほんじゃき、最初はうまいこといかいで、ちくとイライラしてしまうかもしれんけんど、長い目で見りゃあ社員に仕事を任せた方がえいっちゅうことながやき。


実は長期的に見りゃあ、会社の中にゃあ経営者よりかその仕事を、「まっとうまいことできる」人がアチコチに埋もれちゅうもんながぜよ。


  
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2026年01月25日

幸せの言の葉<2013>

「ええ加減な地図から景色を見もって判断する方が、実は高級ながぜよ。」(森毅)


数学者・評論家・エッセイストで、関数空間の解析の位相的研究を専攻した京都大学名誉教授、森毅(1928〜2010)さんの言の葉ながやき。


この言の葉はどういう意味かっちゅうたら、正確な地図がなけりゃあ目的地にたどり着けんような、そんなマニュアル人間じゃあいかんっちゅうことながよ。


正確な地図、正確なナビ、正確な教育、正確な指導……そんなもんがなけりゃあよう動かんような人っちゅうんは、結局自分の頭を使うて自分で考えるっちゅうことができん人ながやき。


ほんじゃき、地図もナビも教育も指導も、ざっくりした「ええ加減な」もんの方が良うて、なんでかっちゅうたらその方が、より自分の頭を使うてより自分でしっかり考えるきながよ。


地図に書いちゃあるとおり、人から言われたとおりに行動する……ちゅうんよりか、自分の頭を使うて自分で考えて行動するっちゅうんが、間違いのう高級やっちゅうことながぜよ。


  
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2026年01月24日

幸せの言の葉<2012>

「アイディアと時間は絶対的なもんで切り離すこたぁできんぜよ。」(本田宗一郎)


「F1グランプリ」らあの国際レースへの進出を通じて、日本のエンジンを世界的技術にまで高め、1966年にゃあ国際二輪レースにおいて五種目完全制覇を達成し、1989年にゃあ日本人として初めて米国自動車殿堂に入ったっちゅう、本田技研工業(通称:ホンダ)の創業者、本田 宗一郎(1906〜1991)さんの言の葉ながやき。


せっかちな性格で知られちょった本田さんにゃあ、出勤した朝に「チョークをよこせ!」っちゅうて廊下に座り込み、その場で床に図面を描き始めたっちゃう逸話があるがよ。


こりゃあつまり、アイディアが浮かんだ瞬間にそれをある程度カタチにして書きとめちょかにゃあ、時間が経ってしもうたら雲散霧消してしまうことが多いっちゅうことながやき。


確かにワシにも、出張中らあで歩きゆう最中に、ふとえいアイディアが湧いてきて、あとで書きとめろうと思うっちょったに、チビッと時間が経ったらスッカリ忘れてしもうちょったっちゅう、苦い経験があるがよ。


それ以来、歩きゆう最中でも、えいアイディアが浮かんだら、その場で即座に携帯電話らあにメモするっちゅうことにしちゅうがやき。


えいアイディアっちゅうんは、湧いてきた瞬間に即座につかまえちょかんと、スルリとどっかに逃げてしまうもんやき、そこはのんびり時間をかけよっちゃあいかんっちゅうことながよ。


ほんじゃきかの本田宗一郎さんは、「アイディアと時間は絶対的なもんで切り離すこたぁできん」っちゅう言の葉を遺しちゅうがぜよ。


  
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2026年01月18日

幸せの言の葉<2011>

「感謝して食べりゃあ、命に変わる。考えて食べりゃあ我(エゴ)に変わる。」(ちこ)


17歳の時に北極老人と出会うて、「食を変えりゃあ人生が変わる」ことを悟得し、その後「声なき声を聞き、香りなき香りを利く料理」っちゅう「ゆにわ流」を伝授され、北極老人監修のもと、大阪府枚方市に古うて新しい料理店「御食事ゆにわ」を立ち上げ、店長として「ゆにわ流ライフスタイル」を伝道しゆう栄養士・開運料理人、ちこ(1985)さんの言の葉ながやき。


まず、「考えて食べりゃあ我(エゴ)に変わる」っちゅうんは、何かを考えもって食事をすりゃあ、人間っちゅうんはどういたち、自分勝手で自己中心的で、 協調性がない考え方になってしまいがちやっちゅう意味やと思うがよ。


そんな食べ方をしよったら、せっかくの食事があんまり身にならんき、健康的な食べ方たぁいえんっちゅうことやと思うがやき。


もう一方の「感謝して食べりゃあ、命に変わる」っちゅうんは、食事をするときにゃあ、アレコレ難しいことらあ考えたりせんと、ただひたすら食事と向き合うて、その食事に対して感謝しもって食べるべきやっちゅう意味やと思うがよ。


そんな食べ方をしよりゃあ、食事の栄養がしっかり身になり、健康的な食べ方になるっちゅうことやと思うがやき。


「感謝して食べる」っちゅうんは、まず食事をいただくときにゃあ必ず、「いただきます」っちゅう感謝の言葉を口にするっちゅうことながよ。


「いただきます」っちゅう言葉の本来の意味は、「命をいただきます」っちゅうことながやき。


魚や肉、野菜や果物らあの食材はすべて、もともとは命あるもんながよ。


その命を自分の体内に取り入れさいていただきますっちゅう、食材の命に対する感謝の言葉が「いただきます」ながやき。


さらに、食事を終えたときにゃあ必ず、「ごちそうさまでした」っちゅう感謝の言葉を口にするっちゅうことながよ。


漢字で書きゃあ「ご馳走様でした」で、この言葉の本来の意味は、食事の準備のために「走り回って(馳走)」くれたすべての関係者に感謝するっちゅうことながやき。


魚や肉、野菜や果物らあの食材はすべて、誰かが捕ったり、誰かが育てたりして、誰かが運んだり、誰かが加工したりして食材となり、さらにそれを誰かが調理して初めて、目の前の料理として存在することができちゅうがよ。


そんなすべての関係者の「馳走」に対しての感謝の言葉が、「ご馳走様でした」ながやき。


食事をいただく前にゃあ必ず、感謝の気持ちをこめて「いただきます」っちゅうて口にし、食事を終えたときにゃあ必ず、感謝の気持ちをこめて「ご馳走様でした」っちゅうて口にする……そうすりゃあ食材の栄養価らあのすべてがしっかり身になり、健康的な食事になる……これが「感謝して食べりゃあ、命に変わる」っちゅう言の葉の意味やと、ワシゃあ思うがぜよ。


  
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2026年01月17日

幸せの言の葉<2010>

「千の平凡で一生を貫きや。」(竹内てるよ)


北海道出身の詩人・小説家で、2002年にスイスのバーゼルで開催された 「国際児童図書評議会」(IBBY)創立50周年記念大会にて、日本の美智子皇后がスピーチの中で代表作「頬」を引用したことから、あらためて注目されるようになったっちゅう、竹内 てるよ(1904〜2001)さんの言の葉ながやき。


現実の人生っちゅうもんは、映画やテレビドラマや漫画らあと違うて、そうそうドラマチックなことらあて起こらんもんながよ。


現実の人生の大半は、平々凡々な日常が、淡々と延々と続くだっけのことながやき。


けんど、その平々凡々な人生を、そんなつまらん人生らあイヤじゃっちゅうて毛嫌いしたり、投げやりな生き方になったりしよっちゃあいかんがよ。


そんなふうになりそうやったら、自分の平々凡々な日常が、地震や津波らあの災害や、病気や感染症や大事故らあで、アッちゅう間に奪い去られたとしたら……ちゅうて想像してみいや。


リアルに想像すりゃあするばあ、平々凡々な日常が淡々と続くことが、いかに幸せなことかっちゅうことに深うに気づくはずながやき。


ほいたら、平々凡々な日常が続くっちゅうことはこぢゃんと有り難いことやと、日々感謝しもって生きることができるはずながよ。


今日も平々凡々に感謝、明日も平々凡々に感謝、1年間も平々凡々に感謝、10年間も平々凡々に感謝……一生も平々凡々に感謝……そうやって平々凡々に感謝しもって、千の平凡で一生を貫けりゃあ、その人の人生は間違いのう光り輝くもんになり、そりゃあすなわち非凡な人生になるっちゅうことながぜよ。


  
Posted by tsukasabotan at 09:00Comments(0)